千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
旧館の「千の天使がバスケットボールする」http://blog.goo.ne.jp/konstanze/

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2013.12.15 Sunday

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2008.01.25 Friday

「石のハート」レナーテ・ドレスタイン著

石友人から送られた本の三冊目。
「お母さん、わたしは生きていていいの?」
本の帯カバーの悲痛な小さな叫びが、近頃”流行の”「トラウマ」(Trauma)を読む前から意識させられる。いったい少女になにが起こったのか。

12歳の少女、エレンは平凡だが勤勉な両親、思春期を迎えたふたりの兄と姉、小さな弟の7人家族。郊外の大きな家には、テーマごとに新聞の切り抜き収集を生計の糧にしている両親たちが築いた、毎日にぎやかだが平和な家庭が息づいていた。そこに両親にとっては6人めのこどもとなる小さな天使がやってきた。一人っ子で育った母のマルヒェにとっては、計画どおりの最後の出産。自分の夢を叶えた最後の天使。
男の子が3人、女の子が3人。赤ん坊のイダを迎えて、家族はつつましくも絵にかいたような幸福な家庭だった。それが、緊張感をはらんで少しずつ軋んでゆき、或る日ありふれた一家に悲劇が襲った。
それから30年近い歳月が流れ、解剖医になったエレンは、夫と離婚して妊娠中の膨らんだおなかを抱えて、かって惨劇のあった”我家”に再び戻ってきた。迎えるのは、かっての「家」にしみついた喪失した家族の思い出だったのだが。。。

現在のエレンのと過去の少女のエレンの思い出が交錯して、物語は進行していく。そして主人公である家族の中で利発な少女エレンには、事態の冷静な観察者と家族の絆の役割としての視点を与え、読者にとっても違和感なく、しかも救いのある結末に導いてくれる。生きることすら困難なのだから、せめて物語は人生を抱擁するものにしたい、という作家の願いが成功し、悲惨さと残酷さをのりこえるあたたかみのある読後感だ。この小説の本質的な魅力は、キャッチな米国流”感情のジェットコースター”ではなく、ひとりの少女の再生と愛情をとりもどす感性の瑞々しさと理性の力によるところが大きい。

作家の本書を読む感性を充分に備えているのは、女性に限定されるのではないだろうか。胸がふくらみ初潮を迎えても赤ん坊の世話に母を奪われた12歳の女の子と、高齢になって遺伝子の半分の出所が不明でもこどもを産むことを受け入れた女性。こどもよりも母との愛に殉じた父を永遠に許せないエレン。成人しても、自傷行為のようにゆきずりの肉体だけの関係を続けるエレン。エレンが見るもの、聞くもの、感じるもの、それは女の子、女性特有の研ぎ澄まされた感覚にほかならない。その鋭利な刃物のような感性を共有できるのは、女性だけ、作家と読者の女性同士という枠の中ではないだろうか。

また、もうひとつの読みどころが、ここに書かれているのは、あくまでも作者の想像の産物であるにも関わらず、エレン自身がまるで作者の自叙伝という錯覚すら覚えるくらいの丹念で繊細な表現にある。朝食の食卓からただよう匂い、床の小さな傷、幼い手がつけた壁のしみ、階段のわずかなくぼみや座った時の木のやわらかさ、姉の肩のソバカスや、兄のふわふわとした巻き毛やこっそり吸う煙草の匂い、庭の空気や体温が行間からただよってくる。間違いなくストリーテラーでありながら、多彩なセンテンスから紡がれた文章力に、小さな国オランダの作家の才能に感嘆させられた。6歳で字を覚えて以来、物語の魅力にとりつかれ、作家以外の職業はありえなかったドレスタインと、同じく作家を志ながらも自殺した妹。本来、小説というのは、作家以外の何者にもなれない人種が生きることの意味を見出すための作業の結露なのかもしれない。つい最近、芥川賞と直木賞の受賞者が発表されたが、読書好きを自他ともに認める私ですら、あまり関心がもてない。本書を送ってくれた友人が、「日本の小説はもう殆ど読まない。近頃読むのは、岩波文庫の外国もの」と言っていた理由がようやくのみこめたような気がする。

善良な人々が窮地に追い込まれて最も許さぬ行為に走る人間の過程を理解したいという著者の動機からはじまった物語だが、オランダ郊外の幸福な家族を襲った悲劇は、日本では悲しいことに昔からよくある事件でもある。

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2008.01.18 Friday

「アメリカン・コミュニティ」渡辺靖著

あめ髪の色と同じ、シルバーのポンポンをもち、真紅の超ミニ・スカから伸びた脚が、なんとなくこころもとない。
それもそうだ、1992年に結成されたチアリーディングチーム「ジャージ・ポムズ」のメンバー32人の平均年齢は70歳!最高齢は、83歳。元気なおばあちゃま軍団は、地元の劇場でその艶やかな姿と妙技の成果を披露するだけでなく、大きなイベントにもちゃんと招待されている。2年前には、ディズニーランドの舞台にもたち、ポンポンとともにはじけまくった。

このチームの本拠地は、米アリゾナ州サンシティ・ウエスト。ここはリタイヤした55歳以上の人だけが住める高齢者専用のコミュニティで、現在の人口は約3万1000人。米国では、日本のようにまず行政ありきではなく、このような住民指導で町が形成されることが法的にも可能だ。米国人の複雑で多様な事情を映し出したかのような「コミュニティ」。このようなコミュニティは、モザイクのように点々と広がっている。そこは米国にありながら、まるで別世界の独立したひとつの国のようでもある。

文化人類学者の著者は、米国の個人と国家の論理、ローカリズムとグローバル化、伝統と革新、保守とリベラルの論理を考えるために、こうした倫理の交差点であるネットワークのひとつ、米国人が最も大切にしている「コミュニティ」をフィールドワークスした成果が本書である。

著者が訪れたコミュニティは、9ヶ所。
進化論を否定し、アーミッシュのような原理主義的な信仰をもちながら、グロバリゼーション化によって玩具や家具のビジネスで成功して、彼らのコミュニティを維持しているのは、信仰よりもビジネス(工場)と批評されるブルダホフ。貧困と荒廃していた町が再生して希望のストリートに変貌してソーシャル・キャピタルが民主主義を支えている概念から論じた「孤独なボウリング」の著者、ロバート・パットナムもうならせたダドリー・ストリート。成功した富裕層が自己充足的な生活空間の確保のために築く要塞都市、ゲーテッド・コミュニティや、表紙にあるような宗教右派メガチャーチが司るコミュニティなど。裏表紙の箱庭のような人工的な街は、ニュー・アーバニズムの手法を取り入れたディズニーランドが創った町「セレブレーション・フロリダ」である。ここでは多くのクラブ活動やボランティア活動で活気があり、秋には落ち葉、冬には雪を人工的に降らせたりもする。大変美しく素晴らしい街である。けれども、私にはなんだか映画『トゥルーマン・ショー』の舞台の町を彷彿させる。勿論、住民の8割以上が共和党支持者で殆ど白人である。日本人の感覚からすればとても住めないような街から、典型的なアメリカと評される町、刑務所のある町まで、実にその「コミュニティ」は多種多様である。

その”多様性”こそが、単なる社会構成の多様性を指すだけでなく、定義づけを拒むカウンター・ディスコース(対抗言説)が存在することに米国らしさの特徴がある。また、多様性は米国的な自由を生み、民主主義の思想を発展させてきたと私は思う。おりしも大統領選挙運動が白熱しているが、共和党員の3分の1は人工妊娠中絶に賛成して、民主党員の3分の1が反対している。さらに共和党員の3分の1は、銃規制に賛成している。保守かリベラルかの二色では描ききれないのが米国である。そして多様性を背骨の如き貫く存在が、資本主義や市場主義という現実。米国を論じる際に必ず引用される150年以上も前のフランスの思想家、アレクシ・ド・トクヴィルの”地位の平等という基本的事実を再発見した”と記された米国。著者が9つのコミュニティを訪問した感じたのは、地位の平等よりもむしろ資本主義や市場主義の力だった。ロバート・パットナムの指摘したノスタルジックなソーシャル・キャピタルの低減よりも、グローバル化した市場経済の波にソーシャル・キャピタルもプロセスでのみこまれているということだろうか。
気鋭の学者である著者の本書は、現在進行形の米国を語り、幾分感傷も交えて米国を感じる。世界に嫌われても、やはりこの国はおもしろい。


さミニのおばあちゃま達は溌剌としていて、どのメンバーも年齢よりも若く見えるそうだ。サンシティ・コミュニティには、住民用のスポーツや文化講座は120以上もある。初等教育にお金がかからないため、住民税は安い。年齢を意識せずに真紅の超ミニをはいて、女であることを死ぬまで楽しめる街。
私もおばあちゃんになったら、こんな街に住みたいと思うのだろうか。

■アーカイブ
「孤独なボウリング」ロバート・D・パットナム著

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2008.01.13 Sunday

「社長の椅子が泣いている」加藤仁著

社長関東圏に生息している音楽好きの同好の士で、銀座のYAMAHAのお世話になったことのない方はまずいないだろう。15年ほど前は、全日本学生音楽コンクールの予選が8階のヤマハホールで開催されていたし、また、地下1階にある楽譜と書籍売場は充実していてなにかと重宝している。店員さんの物腰と接客は、さすがに”YAMAHA”と感心するくらい一流である。

そのヤマハ(当時は日本楽器製造)に、46歳の若さでなんの学閥も門閥もなく社長に抜擢されたのが、河島博氏だった。しかし、社長に就任して、またたくまに創業以来最高の売上高と経常利益を樹立しながらも、愚息を社長にしたい代表権のある会長にしりぞいた元ワンマン社長の思惑から突然解雇され、ダイエーに転じた。
本書は、有能なビスネスマン、優れた経営者としての河島氏、河島氏の仕事のスタイルと哲学、そして大企業のワンマン社長にきられていった人々の群像を交えて、戦後の日本経済の復興とその後の停滞を象徴する企業の物語にもなっている。

1947年生まれのノン・フィクション作家、加藤仁氏がひとりのサラリーマンとその仕事をじっくり追いながら、日本の企業の叙事詩のような長編を書きたいという長年の夢を叶えるべく白羽の矢をたてのがこの河島氏だった。仕事における独創性やダイナミズムを遺憾なく発揮し、日経新聞の「私の履歴書」に連載されるほどの成功した誰もが知っている大物勝者ではなく、また誰もが共感できる人生の転変があり、なによりも人間的にも魅力のある人物。著者は、20数年前にたった一度だけインタビューしたことのある河島氏を選択した。サラリーマン社長だった河島氏を主軸にしたことで、ここで自ずと日本的な経営風土もうかびあがる。河島氏を選んだ時点で、著者は作品の高く深い魅力をほぼ手中にしたと言ったら、過言だろうか。
そんな著者の申し出を河島氏は固辞した。その理由のひとつに、封印しておきたい事実があるということだった。
けれども、その河島氏の美学を損ねることなく、封印してきた事実をきっちりと書いたところに、決して名文家ではない著者の本書の真価がある。

「ビシネスの神様」
河島氏の仕事での哲学の中心にあったのは、この言葉である。
新入社員時代に、上司の言いつけを守りアンフェアなことをした時に、ライバルの課の元軍曹に激しく叱責された時の経験から、まとめあげた施策が合理性と整合性をそなえ、いかなる角度から見てもビジネス倫理や道徳律から逸脱しない、”ビジネスの神様”からみられても恥ずかしくない仕事を終生心がけた。

「情熱」
常にエネルギッシュに、24時間仕事のことを考えた人である。かって高度成長期を支えてきた猛烈サラリーマン像は、現代では否定されるだろう。しかし、こうしたサラリーマンたちの仕事にかける累々とした情熱と働きを土台として、今日の豊かな生活と繁栄がある。また彼らは、仕事を通して消費者、お客、従業員を経費ではなく資産として考える発想、そして家族を大切にしてきた。最近の次々とあかるみにでるいい加減な仕事ぶりと、公私混同の乱脈経営ぶりとは雲泥の差である。

「明確な経営ヴィジョン」
カリスマ経営者、ダイエーの中内功氏に副社長として迎えられて再生をかけた時、ダイエーの現状を難破船にたとえてわかりやすく説得した。常に、長期、中期の経営の展望を会議やミーティング、従業員にわかりやすく立体的に説明してきたのが河島氏だった。だから、部下は適当な回答は許されない。何故、どうして、部下には常に真剣勝負を求めた。

そんな河島イズムは、従業員の意識とモチベーションを変革し、次々と結果を出していった。しかし、最初に奉公した日本楽器製造では、源さまこと川上源一氏から川上ジュニアを後継者にするために斬られ、三顧の礼をもって迎えられたダイエーでも、後継ぎの潤氏に席を譲り、結局リッカーの再生社長として転籍していった。くしくも、兄の喜好氏が社長を勤めていたヤマハのライバル会社、本田技研工業は、創業者の本田宗一郎氏が2世に後を継がせることなく透明で公正な人事を行っていたことで知られている。どんなに無念とくやしさがあったことだろうか。しかし、いわれのない誹謗中傷にまみれても、すべてを沈黙で通した。

本書を簡単な書評で語ることは難しい。サラリーマンで生きる人、また起業した方や経営者も含めて、本書を手にとって、河島イズムを体験してほしい。
入社試験の面接で、源一氏の父であった当時の社長、川上嘉市氏を前に「人の三倍働きます」と青年は答えて、なんとか就職することができた。ようやく就職できた新入社員時代、バイクで東京藝術大学を訪れた時、顔見知りの学生、大賀典雄に「銀座の店に帰るのか。だったら乗せて行ってくれ」
そう声をかけられて、その後日本を代表する企業の社長になるふたりは、あいのりをしてバイクで銀座通りを走って行った。夕暮れの金色の光をあびたふたりの若き日の姿が、見えるようだ。


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2008.01.08 Tuesday

「暗いブティック通り」パトリック・モディアノ著

ぶ自分探しの旅、そんな旅があるようだが、女性がパリに短期留学するのといったいどこが違うのだろうか。
人がみな人生という旅の旅人だとしたら、記憶を失ってしまった主人公≪ギー・ロラン≫の自分探しの旅は、文字通り「自分探しの旅」である。

本書は、78年ゴングール賞を受賞した、モディアノ34歳の時の作品である。
主人公の≪私≫を記憶喪失症患者で、自分を探すという物語は、人間の存在が、氏名という固有名詞をもった絶対的な存在であることを否定した小説という見方もできる。訳者の平岡篤頼氏の言葉を引用すると、記憶喪失症患者とは「結局仮象に過ぎない現実への足がかりをも失った裸の人間」になる。
他者とのつながり、無数の過去の体験の記憶の糸、社会生活の痕跡、人は、実に多くの”関わり”によって、自分という表層をカタチづくってきたか、ということを考えさせられた。現在の≪私≫の唯一の友人である老いて擦り切れたオーバーをはおる探偵事務所所長、その昔は、テニスの選手で、美青年で知られたコンスタンチン・フォン・フッテ男爵自身も記憶喪失だった。この記憶をなくす、というミステリアスで甘美さすら伴う恐怖が、不思議な雰囲気をかもし出していて、あのペ・ヨンジュン主演の大ヒットした韓国ドラマ『冬のソナタ』の下地にもなっている。私たちが、漂流していく日々の暮らしで自分を見失わないのも、家族や友人、職場の人々との関わりよって生じる記憶の繋索によって、自分の位置を確認しているのかもしれない。

舞台は、65年のパリの街にある≪私≫が勤めていた探偵事務所からはじまる。記憶を喪失していたのは、さらにそれよりも10〜20年前というクラシックな道具立てを読者に想像することを求められる。ここで、それを匂いをかぐように雰囲気を官能的に感じられるか否かで、本書を楽しめるか退屈に感じるかがわかれる。
戦争があり、革命によって亡命してきたロシアの貴族、偽造されたパスポート、胡椒のきいた香水の匂い、セピア色の写真、アパートの階段にあるミニュットリー、木蔦でかこわれた蔓棚のあるホテル・カスティーユ、象牙や硬玉製の置物を載せた黒い漆塗りの小円卓、、、物語の活字を追いながら、私が主人公の≪私≫となり、一緒にセピア色の、行ったこともない、この世に存在すらしていなかった時代のパリの街を、≪私≫以前の私を求めてさながら映画の中に入りこんだような旅をしていた。よるべない不安と孤独な魂を抱きしめながら。華やかな貴族の社交があり、退廃していく憂愁もそっとしのびより、最後に≪私≫がえたのは、スタイルもよく綺麗な恋人をスイスの不法越境の時に見失った深い哀しみの追憶だけだった。
すべてが曖昧で霞の中に永遠に眠っている。深い余韻を残す小説である。

自分の名前があり、学歴も、勤務先も家族もいる私。然し、記憶は日々うすれ、ベールのむこうに遠ざかっていく。記憶という不確かな糸を精一杯握り締めて、私は自分探しの旅として、今夜もブログの更新にはげんでいるのだろうか。

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2007.12.29 Saturday

「望みは何と訊かれたら」小池真理子著

望み1957年、凍てつくような冬のウィーンの「オペラ・ホテル」。このホテルのナイト・ポーターとしてひっそりと身を隠すように暮らしていたマックス(ダーク・ボガード)の前に、二流のホテルには不似合いな上質の一組の夫婦が訪れた。若手の世界的指揮者アザートンと、その妻ルチアだった。決して出会ってはいけないふたり。第二次世界大戦時、マックスとゲットーの責任ある親衛隊員として権力をふるっていた彼によって、倒錯した性の愛玩物として生き延びたルチア。20年の歳月を経て、彼らは偶然にも再会してしまったのだが。。。

10代の少年愛を連想させるやせた美少女、指揮者の妻として上流階級にふさわしい教養と美貌をたたえる30代の女性。ふたりの「ルチア」を演じたシャーロット・ランプリングは、この1作で小娘だった私を完全に圧倒した。映画『愛の嵐』は、私の生涯のベスト10に入る忘れない映画である。しかも”忘れられない”映画としても。
かってゲットーで性的ななぐさみものとしてかろうじて命拾いをしてきた少女が、富と名誉と愛する夫と妻としてのオーラに満ちた威厳ある美しさと安息と、、、人生におけるすべての望みを手に入れたのに、ルチアのとった選択とその後の行動を、私は観念からも感性からも不可解さと謎を抱えてきた。けれども、今は衝撃的だったこの映画を、背筋が粟立つほどの感覚とともにわかる。
小池真理子さんの最新作「望みは何と訊かれたら」を読んでから。「望みはなに」これほど、挑発的でエロティックな会話はない。

本書の主人公、沙織は音楽事務所を経営する夫とともにパリにやってきた。健康的で健全な人柄の夫と大学院生のひとり娘と家庭。都内にある「モネの庭」と友人に誉められる庭のある自宅。金色の秋の穏やか光のような50代半ばを迎え、あいた時間にふらりと訪れたギュスターヴ・モロー美術館で偶然にも再会した秋津吾郎。沙織の脳裏には、30年前の学生時代、革命を夢見た時代のシュプレヒコール、凄惨な事件、学生運動を通じて出会った人々、そして吾郎と暮らした密室での悪夢ようで幸福だった半年間が一気に押し寄せてきた。

あの時代。同じく作家である夫の直木賞受賞を祝った時、豹柄のおそらくカシミヤと思われるノースリーブのニットからのびたきれいな腕を夫にそえて喜んだ女流作家は、ずっとその作品のどこかに、私の知らない”あの時代の空気”をただよわせてきた。けれども、小池氏は私の中では、美人で、だからこそ”知的”を売りにしている流行作家。おもしろいと思いながらも、いかにもブンガク好きに気に入るようにうまく作品をまとめることに長けてきた作家だった。しかし、女性らしい感性の泉をたたえ、あの時代を真正面にとらえながらも決して全共闘世代を喜ばせるだけのノスタルジーな安易さや、後半に吾郎との関係に軸足を移すことで時代の検証に陥ることなく、また中島みゆきの歌『時代』を知らない世代にも充分共感できる歎美さを提供して、彼女はざわざわと嵐のように人の心をゆさぶる傑作をうんだ。本書にまみえて、心が騒がない者がいるだろうか。林真理子さんに並ぶ単なる流行作家ではなかった。私は、彼女の溢れんばかりの感性の泉にどっぷりとつかって、読書の醍醐味を堪能した。

「排泄」「無機的」「無限の宇宙」「差別的体質」「階級闘争論」「暴力革命」「戦士」・・・1ぺーじ、1ページをめくっていくと貴婦人のような蝶のように硬質でひんやりとした文体が、あの時代の雰囲気と空気感を運んでくる。しかし、最近はやりらしい携帯小説の貧しいオハナシからはかけ離れた濃密で官能的な物語がくりひろげられ、ページをくる手がもどかしくも読むのがもったいないような高揚感。恋などない、友情もない、まして愛情すらなかった吾郎との初めての性交の描写は、まるで”官能”という言葉をはじめて知った感すらあった。骨太でありながら、しなやかな筆力に、一気に物語に入り込んで、その世界にとりこまれていく。そしてふたりの理性もなく、動物の排泄のような性と社会性を排除した密やかな息をひそめた死と隣り合わせの暮らし、ここでようやく映画の中の『愛の嵐』の中で首に鎖を繋がれたルチアに感受性をゆだめることができたのだった。

沙織は、そこそこの出世、名誉や富、波風たたない社会生活や家庭生活、そんなものを結局のところ、どうだってよいと思っている。つまり物事の本質、人間性の本質にしか興味がないタイプだ。おそろしいことに、沙織は数年後、数十年後の自分に重なってみえてくる。いや、むしろ20歳の時、P村のアジトから脱走してきて吾郎に拾われて命を繋いだ沙織は、もうひとりの自分かもしれない。

「人々は、本当のところ、何を考え、何を想い、何を欲しがり、何にこだわりながら生きているのだろう」

豊かな時代に生まれ、お金さえあればなんでも買える。傲慢な言い方をしてしまえば、たいした努力もせずに、望むものはそこそこに手に入る。けれども本当に自分が”望む”ものはいったいなんだろうか。その望みこそが、生きることの本質的な意味の問いである。


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2007.12.25 Tuesday

「彼方なる歌に耳を澄ませよ」アリステア・マクラウド

kanataオンタリオ州南部の近代的な高層ビルの1室、磨かれた床、ゆったりとしてプライバシーに配慮された快適な椅子に最適の室内温度。
その部屋で、治療というよりもまるでブランドの高級な時計や装飾品を身につけるのが義務かのように、完璧な歯並びを求める患者を相手にする歯科医の私。双子の妹は、石油発掘業の会社に勤務する夫とこどもたちとともにカルガリーの高級住宅街のモダンな家に住んでいる。いわば、北米での裕福な成功者としての私と妹。
私は毎週土曜日になると、高速道路を片道400キロも走って年の離れた兄の家を訪問する。かって誇り高い炭鉱夫として人望も厚く働いていた兄は、今ではアル中状態になり貧困街の汚いアパートでひとりで生活していた。
何故、私は毎週そんな兄のために時間をかけて訪問しているのだろうか。それは、私が幼い頃「ギラ・ベク・ルーア」(小さな赤毛の男の子)と呼ばれていたこと、その理由からはじまる。
勇敢で誇り高い一族、キャラム・ムーアは、18世紀末スコットランドから家族と彼を追いかけた情の深い犬とともに、カナダ東端のケープ・ブレトンに渡った。「赤毛のキャラムのこどもたち」と呼ばれる彼の子孫は、そこから厳しい自然の中、大地に根をはり、たくましく生きていった。

本書は、その名もない男と彼のこどもたちの大きな河の流れのような一族の叙事詩である。
カナダに渡る船でのキャラム・ムーアの妻の病死にはじまり、彼を追って海を泳いできた犬のその後の不幸な死、病気、事故、次々と死とたくさんのこどもがうまれる生が、再生されてくりかえされる。今、ここに生きている自分も、記憶すらない多くの死と生の延々とつながる鎖の先に小さな点として存在していること、そんなことを思い起こされる。しかし、どこまでいってもその根底に流れている血の繋がりは、苦しくなるくらいの郷愁をよび、ケルトの昔から伝わるゲール語の歌が、低くいつまでも通奏低音のように海鳴りのように胸に響いてくる。
20世紀に生きる「私」と妹。貧しく、厳しい自然の中で育った私と妹は、優しい祖父母の愛情と援助を受け、勉学と努力によって快適で裕福な日々を送っている。けれども、風が吹きすさび、雪と氷におおわれた灯台の見える小さな家で育った生活を決して忘れようとしないだろう、たとえ、そのようなくらしを捨ててきたにせよ。

著者の大学教授であるアリステア・マクラウド自身も作品の舞台となったケープ・ブレトン島に育ち、きこり、漁師、炭坑夫として働きながら学費を稼いで博士課程を取得した。自身の自伝にを彷彿させる寡作な作家の唯一の長編小説の歌は、重く豊かに胸に届いてくる。
都会に住み、便利で快適なくらしを送っているにせよ、私たちのほんの数世代前は厳しい自然とともに、或いは豊かな自然の恵みを受けて暮らしていた。いつのまにか、冬の凍える寒さや虫の音、花の香りや動物の死の匂い、そんなものを忘れ、空調の効いたオフィスと満員電車で一日が流れていく。今の生活、現代の暮らしは、そこに至る過程でフェイドアウトしてしまった者のうえに成り立つ部分もある。だから「私」は、すさんで死を待つばかりの兄を訪問する。哀しみと喜び、強さと脆さが幾層にも交錯する、懐かしくも、重厚な本書を前にいとおしくも真摯な気持ちで、私は次の彼方なる歌に耳を澄ませたい。

 Gu bheil togradh ann am intinn
 Bhi leibh mar a bha
 Ged tha fios agam us cinnt
 Ribh nach till mi gu brath.

 今わたしはかつて住んでいたところに
 帰りたいと、心から願っている
 そこには二度と戻らないことを、
 はっきり知ってはいるけれど

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2007.12.24 Monday

本棚を見ればその人がわかる

友人から宅急便で本が送られてきた。
そう言えば、そのうちに送るというようなことを電話で言っていたのを思い出す。
外国小説をまず殆ど読まない私宛てだからだろうか、すべて外国の現代小説だった。
でも、一瞥しただけで趣味がよくてしかも私好みなのがわかる。友人の選択にちょっと驚く。


・「夜を抱いて」グヴェン・エイデルマン
・「愛という名の病」パトリック・マグラア
・「直筆商の哀しみ」ゼィディー・スミス
・「いつか、どこかで」アニータ・シュリーヴ」
・「海からの贈りもの」アン・モロウ・リンドバーグ
・「暗いブティック通り」パトリック・モディアノ
・「黒い時計の旅」スティーヴ・エリクソン
・「石のハート」レナーテ・ドレスタイン
・「天使の記憶」ナンシー・ヒューストン
・「王妃に別れを告げて」シャンタル・トマ
・「海に帰る日」ジョン・バンヴィル
・「マイホーム」カリ・ホタカイネン
・「パリ左岸のピアノ工房」T.E.カーハート
・「アムステルダム」イアン・マキューアン
・「サフラン・キッチン」ヤスミン・クラウザー
・「最後の注文」グレアム・スウィフト
・「ウィークフィールド ウィークフィールドの妻」N・ホーソン E・ベルティ
・「逃げてゆく愛」ベルンハルト・シュリンク
・「日の名残り」カズオ・イシグロ
・「地上のヴィーナス」サラ・デュナント
・「奇跡も語る者がいなければ」ジョン・マクレガー
・「キス」キャサリン・ハリソン
・「イラクサ」アリス・マンロー
・「その名にちなんで」ジュンパ・ラリヒ
・「ウォーター・ランド」グレアム・スウィフト
・「彼方なる歌に耳を澄ませよ」アリステア・マクラウド


文庫ではなくハードカバー。
友人はこんな小説を読んできたのだと、少し感慨深い。
そんなわけで、しばらく読書傾向が変わる予定。
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2007.12.19 Wednesday

「荒地の恋」ねじめ正一著

北村プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」は、詩人が主人公である。
パリの貧しい屋根裏に住む詩人ロドルフォは、寒い部屋を暖めるために自虐的に役に立たない詩を書いた原稿を燃やして暖をとる。詩人の暮らしは、古今東西を問わずいつもぎりぎりである。

詩人が恋をした。53歳の詩人が、中学時代からの親友の詩人の妻に恋をした。
全身を不思議な幸福感が貫いて、詩人は女性に伝える。「どうやら僕は、恋に落ちたようだ」
そして長年勤務していた新聞社の定年を前に、仕事も家庭も生活もすべて捨てて、不慮の事故で亡くした最初の妻と同じ名前をもつ友人の妻を奪った。それは、たしかに、スィートな、スィートな終わりのない旅のはじまりで、詩人達の猛る哀しい情熱に、運命の如く「荒地」を踏みすすむ断崖を歩くような道だった。

北村太郎は、詩人としての才能をもちながら朝日新聞の校閲部に勤務する。華やかな記者生活ではなく、地道に他人の記事をただひたすら校閲する仕事だ。仕事に見合ったように、郊外に建てた自宅の借金は退職金で完済予定。内職でしている翻訳の仕事で、なんとか定年後も無事に穏やかに暮らせそうだ。”詩人にとっては”絵に書いたような幸福な家庭と人生。そんな彼と対象的なのが、中学生の頃からの親友の田村隆一である。友人の妹と、祝儀欲しさに、ただそれだけで結婚し、幾度も結婚と離婚を繰り返し、酒に溺れ、女性に溺れ、ただ詩を書くためだけに生きている男。
「言葉なんか覚えるんじゃなかった」
そう詠った詩人は、覚えてしまった言葉を金色の唾液で紡ぎながら、身を削りながら、ただひたすら美しい詩を織り上げる。
「僕と死ぬまでつきあってくれませんか」
そんな殺し文句で今度の妻もくどき、妻の資産で建てた鎌倉の家で妻と友人と詩を相手に暮らしている。
しかし、田村にとっては女は殺し文句でつるだけで、愛する存在ではない。うまく利用して、面倒になったら逃げ出す。言葉だけを大事にする詩人には、自分すらどうでもよいのだ。そんな詩人の夫との生活に疲れ果て、また何度も繰り返される夫の浮気に神経を病んだ明子は、いつも甘えて同じように田村から利用されていた友人の北村と夏の盛りに会った。まるで脳みそが焼かれるような炎天下に、泣く明子を目の前にして、北村は24年前の事故で亡くした妻と長男を焼く窯の熱さを思い出していた。ふたりはためらうことなく、恋に落ちた。

自らも詩を書いてきた著者による本書は、渾身の一作と言ってもよい。詩人として、全く異なるタイプの現代詩を代表するふたりの詩人に魂を寄せて、彼らの魅力をひきたたせる文書力に、読んでいる者までが彼らの濃厚な接吻を受けるような感すらある。北村は、友人の妻を奪って妻子を捨てたことへのひきかえに、誠実に妻へ生活費を送金を続けて自分は亡くなるまで赤貧の暮らしに身を落としていく。北村と明子をめぐり、平凡だが生活とプライドを維持していくために”妻”の座に固執して精神が壊れていく妻の治子や、そんな友と妻を許し甘えて自由奔放に生きていきながら、決してふたりを手離さない寂しがりやでいい男の田村。このエゴイストな田村のねじめ氏の描写が、実に官能的でダンディズムと男の色気が漂う。そして自由に生きることの見返りに、なんと苦しく重い十字架を背負わなければいけないことなのか。
また、あれほどすべてを犠牲にしてまでえた明子を病んだ田村の生活を立て直すために手離し、出会ったばかりの若い娘と簡単に肉体関係にすすむ北村。「荒地」の同人だった鮎川信夫も含めて、彼ら詩人たちの人生は、哀しくも滑稽である。
たったこれだけか、最初の結婚で妻と愛息を失って取り戻した平穏な生活でなんとか帳尻をつけたつもりだった寡作の詩人は、「言葉」を奪い返すようになった。


「朝の水が一滴、ほそい剃刀の
 刃のうえに光って、落ちる―
 それが一生というものか。残酷だ。」
                       −「朝の鏡」北村太郎詩集より

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2007.12.13 Thursday

もっと高くもっと遠くへ「のだめカンタビーレ」#19

nodameわくわくわく・・・!!

久々に我家にやってきた千秋とのだめ、19巻。おお〜っ、ついでに?あの峰君もおまけについていた。私は断然容姿が整った王様、俺様千秋キャラよりも男っぽくて庶民的な峰君のファン。清良の選択も頷ける。同じ楽器という土俵であきらかに実力と実績が違う峰君と清良。格差があり、女性優位。しかも海をまたいだ遠距離恋愛を続ける彼らも、前途多難である。

「2年あれば変わることもある」
峰君のこの言葉に、思わずため息をついてしまった。
嗚呼、、、彼らも、日本を飛び立ってから2年もたっていたのだ。
そろそろコンクールで結果を出さなければ、道が続かない音楽家の卵たち。のだめと千秋の主役ふたりを中心として、作品は夢と現実の厳しさのはざまで揺れ動きながら、正念場を迎える彼らの、いわば”青春の群像劇”(←ちょっとくさいが)というオーケストラーのハーモニーになりつつある。音楽家になるためには、才能があることを前提にひたすら地道な努力と、ちょっとした運やわずかなミス、あと一歩の不足で道がわかれていく残酷さも今回はきっちり描いていて、物語に奥行きが広がった。
学生時代は、学生という身分で現実社会からの猶予期間の免罪符を与えられているようなものだ。社会に出て、現実とおりあううちに、どこかが変質して欠落していく者もいなくはない。然し、先に”卒業”している峰君25歳のキャラクターが、厳しい状況の中でも、全然変わっていないいつでも本気120%の相変わらず恥ずかしい奴というのも嬉しい。それに個性のあるタチヤーナやユンロンの背景もさりげなく描きながら、人物像を印象的にうきあがらせている。やっぱり毎度読ませてくれる漫画だ。東京藝術大学大学院にアニメーション表現研究分野が創設されたのも、こうした日本の漫画文化の成熟が後押ししたのだろう。今ひとつ、二ノ宮知子さんの絵に魅力を感じられないのだが、無駄なくギャグと本物の会話のエッセンスが交錯する脚本はよくできている。

冒頭の酔っ払って懺悔をする千秋と内面が深くなったのだめのベッドでの犬プレィは、なかなか可愛いじゃん。もっとも犬プレィそのものは恋人同士でじゃれあう定番で珍しくないが、今回は俺様千秋が立場が逆転しているところが見所。
そして、そして最後はやっぱりマーラーの「復活」が聴きたくなった。

■ふりかえりアーカイブ
のだめカンタビーレは歌う♪
のだめカンタビーレ
のだめカンタビーレ#15
「のだめカンタビーレ」テレビ放映爆笑
いかづちに打たれた「のだめカンタビーレ」♪

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2007.12.12 Wednesday

「1プードの塩」小林和男著

塩著者の小林和男氏は、1995年、3度目のモスクワ勤務(NHKモスクワ特派員)を終える時、感謝のお別れのパーティを開いた。そのパーティに出席したロシアの友人は300名を超えたそうだ。
本書は、著者の人柄とジャーナリスト魂がつくった幅広い人脈で、ロシアの有名・無名を問わず、実力者、一市井人、芸術家や政治家、ジャーナリスト、サーカスのピエロやロシア最高の知識人・・・総勢30名の人生を鮮やかで余韻の残す短編小説かのように、その深遠をかいまみせる。前作の著書「エルミタージュの緞帳」が、ロシアの歴史の転換を主に政治の動きを中心に書いたとすれば、姉妹編にあたる「1プードの塩」は、題名が”人を理解するには1プード(古いロシアの重量単位)の塩をともに食べなければならない”という格言からとられているように、人物評を座標にして語られる小林氏の1プードの塩(16.38キログラム)のをともに食したもうひとつのロシア物語である。

世の中にはけったいな人物や優れた器が豊富だとは思うのだが、ロシア人はその国土の広大な大地と比例するかのように、日本人の平板な顔とは比較にならないくらい彫りが深く重みがある。そこには、歴史が陰影をつけたかたちが残り、或いは体制に翻弄されない強い意志が宿る。小林氏は、ゴルバチョフこそジャーナリストとしての人生を豊かにし、ロシアにのめりこませた恩人、”道連れ”(スプートニク)であると語っている。そのノーベル平和賞を受賞したミハイル・ゴルバチョフ大統領すら、近年は表舞台からすっかり遠ざかり、人々から忘れ捨てられた存在だという報道を読んだ記憶がある。脚光と失脚の落差が激しいロシアの政治の舞台の登場人物として最も印象に残ったのが、小林氏をして「最も大統領にしたい男」と言わしめたグレゴーリ・ヤブリンスキーである。

彼は幼少の頃より苦学をし、中学生ぐらいから工場に勤務しながら勉強を続けてモスクワ国民経済大学の大学院も修了した。その後、30代の若さでゴルバチョフ政権下、ロシア共和国の経済担当副首相として通称「500日計画」と呼ばれる「中央統制の社会主義経済を500日間で市場経済に移行させる」計画を立案した。これは、各共和国に自主権を与え、私有財産を認めて国営企業の民営化を推進する急進的な経済改革案だった。当初、乗り気をみせたゴルバチョフ大統領だったのだが、利権がらみの地位に固執する保守派の猛反対に、あえなく挫折した。(ここでの裏の舞台の小林氏の想像は、あくまでも想像だが、ゴルバチョフと後に大統領になった帝王気取りのエリツィンの確執のすさまじさはロシア的であるから、逆に説得力もある。)
しかし、ヤブリンスキーの率直な物言いを大変気に入った著者は、将来の大統領として、自分の情熱も重ねてずっとインタビューを続けたのだった。
実際、ヤブリンスキーは96年に大統領選挙に立候補したのだったが、対立候補のエリツィン敗北に危機感をつのらせた”政商”たちが、牛耳るテレビや新聞の報道の場をヤブリンスキーから奪っていき、圧倒的に不利な状況のままエリツィンが再選された。
このあたりまでは、悪い意味でいかにもロシアらしいで終わるのだが、なんとヤブリンスキーは、政治の世界から身をひくようにと脅されていたのだった。その脅しにのらないと家族で決意したのは良いが、とうとうその脅しが脅しではなく実行された。音楽家の卵だった息子の指を切り落とされたのだった。なんと残酷なことだろうか。それでも彼の決意が翻ることはなかった。

彼は、2000年にも選挙に立候補した。この時、誰もが口をつぐんでいたチェチェンでのロシア軍の攻撃に対し、たった一人、警鐘を鳴らしたのがヤブリンスキーだった。

ロシアは奥深い国である。ロシア通の人は、誰もがそう言う。しかし、日本人にはいまひとつわからない国だった。小林氏の、一面的でなく多面的にロシア人をとらえて欲しいという願いが凝縮された1冊である。そんな魅力に富んだロシア人の言の葉。


「現実の世界では、すべてのことが実体とは違って見えるものだ。」ユーリー・ニクーリン
「自分が売り渡した友人が亡くなった時、自分を許せない瞬間が必ずやってくる。良心に責められるのだ。良心に照らして、自分の行為が正しかったのだと思えるような生き方をしている人にとって、良心は見方であり、力を与えてくれる。」
ムスチフラフ・ロストロポーヴィッチ
「高い教育をインテリジェンスと混同してはいけない。高い教育は古い中身に留まり、インテリジェンスは新しいものを創造し、古いものを新しく認識する。」ドミトリー・リハチョーフ


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