千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
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2008.03.07 Friday

ルポタージュ にっぽん 「直木賞の決まる日」

◇「私の男」 直木賞受賞で一挙17万部

刷り部数は、8日現在で17万部に達している。昨年10月30日に初版2万部でスタート、1月16日に直木賞を受賞する直前までは4万部だった。以後3週間で3回の増刷を重ね、なおも売れ行きは好調だという。
 編集を担当した文芸春秋第1出版局第2文芸部の斉藤有紀子さんによると、著者はライトノベル出身の作家で、もともと若い男性読者が多かった。が、前回の直木賞候補作になった『赤朽葉家の伝説』(日本推理作家協会賞受賞)以降、読者が年配者層にまで広がった。さらに今回の直木賞受賞決定後は、男性より女性読者が半数以上を占めてきているという。

 現在までのところは、直木賞受賞を決めた直後に選考委員会が残した「大ばくちを打ったのかもしれないが、あえて世に問いたい」(北方謙三氏)ほかの興味深いコメントに引かれて、「どんな小説なのか?」と本を手に取る読者は多いのだろう。しかし、興味本位だけでは、ブームはすぐにすたれて長続きしない。今後、「さすが直木賞、ぜひ読んでみるべし」という口コミが広がれば、さらに部数が伸びていくだろう。

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地元の駅前の小さな書店の特等席の店頭に、今年上半期の芥川賞・直木賞の受賞作品が平積みになっていた。と言っても、今回は手にとってみたいという気持ちすらわかないのだが、今から28年前の「直木賞の決まる日」は、日本中が注目をしたいた日だったのかもしれない。
先日のアーカイブで放映されていたのが<ルポタージュ にっぽん 「直木賞の決まる日」1980年1月26日放送>の、当時の競騒曲である。
1月17日の選考会。選考委員が次々と集まるのが、毎年選考会場になる築地の高級(でしょうね?)料亭「新喜楽」である。五木寛之、今日出海、新田次郎(←お顔と御髪が藤原先生にそっくり)、委員長の松本清帳氏といった錚々たる方たちが次々と会場に消えていく。この年の候補者は6人。

*つかこうへい「いつも心に太陽を」
・阿久悠「瀬戸内少年野球団」
*深田裕介「革命商人」
・中山千夏「羽音」
・高柳芳夫「ブラハからの道化たち」
・岩川隆「多くを語らず」

番組は、候補者の当日の素顔を追っているのだが、候補者が選考結果を待っている黒電話、つかこうへい氏の舞台の様子、地方出身者の訛り、すでに鬼籍に入られてしまった選考委員の面々など、最後の昭和の色が濃い思いっきりノスタルジックな映像でもある。なんといってもこの年の候補者は多彩(芸)な方たちばかり。主たる職業は、劇作家、タレント、日本航空のサラリーマン(当時、広報室次長)、作詞家、大学教授、と岩川氏以外は、全員文筆業以外の”本業”がある。この頃から、直木賞は文学ヒトスジ青年の土俵ではなくなってきたのかもしれない。

注目度の高かったつかこうへい氏は殆ど今と変わらない、というよりも万年青年のタイプなのだろうか。(今年還暦とは思えない!)定番のサングラス、Gパンをはいてタバコをくゆらせながら、「候補者は芸能人3人、ということは自分も芸能人なのか」とマイ・ペースな様子。賞を狙う内心の必死さをみじんも感じさせないところが、自分は才能があると豪語するこの方らしさと感じた。候補作に選ばれた周囲の反応は、という質問に対する回答がふるっている。「みんな笑ってたよ」。。。
もうひとりの芸能人、中山千夏氏はギターをもった小室等氏と歓談しながらインタビューに応えているのだが、なかなかの才女の片鱗ぶり。出版業界も企業だから、直木賞も商売であり思惑もあるはずだ。駒としてはドキドキしているが、下馬評では大穴馬券らしい、とまるでひとごとのように笑顔がたえない。自分に関しては、真面目にとりくんでいるかどうかが問われるとのこと。なんだか、魅力的な女性だ。一方、3人めの芸能人候補者である阿久悠氏は、芸能界ではすでに大物作詞家だったのだろう。芸能人スカウト番組の審査員を務める姿には、近寄りがたいオーラがただよう。けれども、きっと作詞家よりも直木賞作家となることは、世間の評価する「格」が全然違うことが表情から伺える。もっているお金もプライドも、最も高そうな方という印象。
深田裕介氏は、同僚と料亭で結果待ち。最も露出度が少なかったのが深田氏だったのは、企業に属するサラリーマンゆえだろうか。金縁の目がねといい、襟が幅広い背広と派手なネクタイに海外勤務ありのナショナルフラッグである日航勤務らしさが匂う。大学教授の高柳氏は、着物を着て中年になった太宰治風の風貌。インタビューに応える背景が、お決まりの整理整頓された専門書が並ぶ本棚。室内の中央に置かれた最近見かけなくなった丸型の石油ストーブが懐かしい。大勢の仲間や妻に囲まれて酒宴をはっているのが岩川氏。隣席に座っている背広を着て長髪の端正な顔の若い青年が、選考予測の分析をしていた。「つかさんは、角川出版オンリーだが、文春出身者有利ということはないと思うが、文藝春秋社ではカネが動くから・・・」その風貌に似合わぬ朴訥な語りで私は癒された・・・。
なおき番組の冒頭で、「緋い記憶」(←この本はすごくおもしろい!)で第106回直木賞を受賞した人気作家、高橋克彦氏の談話も紹介されていたが、直木賞の特徴は、受賞後の世間の反応が全然違うことと、候補作が公表されることと語っていた。もともと直木賞は、文藝春秋創業者の菊池寛の考えで、購買意欲の衰える2月と8月に向けて賞を発表して本を売る商売目的ではじまったが、ニュース番組や新聞でもとりあげられ、国民的行事の観すらある。私としては、恩田睦氏あたりはいずれ近いうちに確実に受賞すると予測しているのだが。
何度も候補者に選ばれながらもやがて枠からはずれていく作家もいれば、一作の候補作で消えていく作家もあり、また結局受賞できなかったが流行作家として長く活躍する方もあり。東野圭吾氏が6回目の候補で念願の受賞を果たした時のコメントを読むと、やはり賞をとるかとらないかには凡人の予想をこえる大きな違いがありそうだ。番組の最後で、落選の知らせを聞いて寝込んじゃったよ、とあのつか氏ですら笑いながら言っていた。賞を意識してあざとくふるまうのもいやだよな〜〜っ、そんなつぶやきも聞こえたが直木賞を受賞できれば万万歳。

結果、この年の受賞者はなし!
選考委員長の松本清帳氏によると
「つかこうへい氏、深田裕介氏もよかったが、無理して直木賞をだせば、賞の権威が失墜する。直木賞の良識を守った結果でもあり、直木賞は健在なりとも言えるだろう」ということだった。。。



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2008.02.21 Thursday

「女の生き方 樋口恵子さん」

読売新聞に連載されている「時代の証言者」がおもしろい!サブタイトルの”女の生き方”の証言者が、評論家の樋口恵子さんだからでもある。
日経新聞の「私の履歴書」とはひと味違って、毎回、証言者の生きかたに日本の時代の変遷を感じさせられるのだが、樋口さんは女性の地位向上、男女差別撤廃のために闘ってきた戦士でもある。驚いたのが、女性差別の歴史である。

1932年に東京に生まれた樋口さんは、1956年に東京大学を卒業する。その後、東京大学新聞研究所本科修了をして新聞部で活躍したのだが、女性というだけで就職口がまずない。当時の新聞社では、毎年女性を採用するとは限らず、数年に一度、10年採用なし、という新聞社もあった。かろうじて、時事通信社に就職できたのだが、同期の新人男性たちが次々と配属が決まるのに、彼女には声がかからない。しかも、なんたる暴言だろうか、男性社員たちは、30歳ぐらいのベテラン女性社員のことを「じじぃ通信社なのに、ばばあがいる」とのたまっていたそうだ。(私も「時事通信社」のことを、おじいちゃん部長の前では「じじぃ通信社」と呼んでいたのだが・・・。)昼はろくにシゴトも与えられないのに、夜はおじさまたちからの宴会のお誘いの声がかかり、はっきり本人曰く”もてた”と。しかし、それも数年のうちと悟った彼女は、さっさと東大出の樋口氏とお見合いして、そのご本人とは対象的にスマートでハンサムな容姿に惚れて、押しの一手でめでたく壽退職。
樋口長女出産の後、専業主婦、社宅住まいを経験してのんびりとした井戸端会議にも参加していたのだが、本格的な会議・シゴトをはじめたく自分の両親と一緒に住んで育児の手助けをえて、学習研究社の入社試験を受けた。ところが、最終面接でよい感触を受けたのにも関わらず、うっかり「娘がいる」ということをもらしたら、役員たちが顔色をかえて社内規定で「妊娠したら退職」と決まっているからと言われて、採用を断られたのだった。ここで、樋口さんは怒った。もっともであるが、育児雑誌の編集に、とうの母親記者をしめだしているのはなんたることか、と。この説得がきいたのか、すでに出産しているから妊娠をクリアしていると判断されたのか、無事採用される。そして夫もキャノンに転職し、仕事と家庭と公私ともに充実していたところ、夫が急死して若くして不幸にも未亡人になってしまった。この時の体験で、夫を失ったことがあまりにもつらく、何週間も寝込んでしまい起きあがることができなかったそうだ。
やがて日本的な企業らしく亡くなった夫が勤務していたキャノンから声がかかり、二足のわらじをはきながら子育てをして、1971年にフリーの評論家になった。
72年、国連総会で75年を「国際婦人年」とする決議がされた。メキシコ市で世界会議が開催され、世界行動計画を採択して、翌76年から85年までが「国際婦人の10年」となったことをきっかけに、市川房枝さんらの後押しもあり「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」が発足される。その活動のひとつとして、80年、女性教師にマラソン指導を受けた児童の作文が教科書に採用されたのだが、教師の性別を男性に改変されたことへの教科書会社への抗議だった。「マラソンは伝統的に男性の競技」という説明は、女性たちには通用しない。結局、会社側がおれて原文に戻された。

今となっては信じられないような男女差別、セクハラが横行していた日本の社会だが、かと言って今の米国や日本で完全に性差別が解消されているわけではない。差別なのか、性差による区別・適性なのか、論議がわかれるが、女性が社会で本当の意味で認められ好かれるには、仕事も仕事オンリーに集中できる男性と同等レベルまでこなして、尚且つ女性の美しさを忘れずに、子育てもしていて(未婚、こどもなしではなく)、という姿ではないだろうか。

職場の上司など、女性社員を○○ちゃんと呼んだだけで「セクハラあり」と部長に報告されていたりと気の毒にサンドバック状態なのだが、樋口さんの時代の証言も後半戦に入り、この時代錯誤のエピソードもそんなに昔というわけではない。


2008.02.18 Monday

編集者と作家

昭和47年、暮れの近いある寒い日。午後6時を過ぎていた。御茶ノ水にある「舟」という喫茶店では、たった1杯のコーヒーで5時間も前から原稿用紙の分厚い束をあいだに、暗く思いつめたやせた男性が無精ひげをはやした労務者風の巨漢の男と対峙していた。
「この原稿は発表できない」
どうしても書かなければいけない素材でありながら、その素材の強さに文章が負けてしまっていて作品化する力がまだ満ちていない。若い編集者は、更に彼よりもひとつ年下の作家の卵に殴られるのを覚悟のうえ、鬼のように厳しいことを言い、この素材を10年間封印して作家として力を蓄えてから取り組むように説得した。

これは、私が今読んでいる盪格孤Щ瓩痢屮┘譽トラ」の冒頭の要約である。
河出書房の編集者である鈴木孝一は、中上健次の文壇デビュー作を担当して以来、ひと月に2〜3度もちこむ健次の小説をめぐって厳しいせめぎあいを続けてきた。原稿用紙の余白が真っ黒になるくらい鉛筆でチェックを入れて、書き直そうとするたびに主題がゆらぎ核心から筆が離れていった。そうして没になった作品が、20作。鈴木が編集長に、これを没にしたら彼の才能を潰しかねないと編集長に頼みこんでなんとか2作めを載せたのは、デビュー作の発表から2年たっていた。その1年後の情景である。

その昔、作家と編集者は濃密な関係があり、編集者が作家を育てていた。ところが、現在は、メールで原稿やゲラのやりとりが済み、ろくに議論をすることもなく1冊の本が仕立てあがってしまうそうだ。今の純文学は、村上春樹氏の小説以外は、そんなに売れていない。池澤夏樹氏などは最近月刊「プレイボーイ」などのような、短くても原稿料の高い効率のよいおシゴトにシフトしているという話だ。原稿料もここ20年ぐらい上がっていない状況では、純粋に文学ひとすじというタイプは流行らないようで、器用な劇作家やイラストレーター、ロッカーなどの副業作家で誌面をなんとか埋めていくしかない。そして、今年もまた芥川賞と直木賞の発表があったが、翌日の「文藝春秋」の全面広告を見た瞬間、なんともデキレースくささを感じてしまって読んでみたい気持ちがまるでわかないし、それに作家の名前も覚えられない。。。

そして文学談義で激論を交わす「文壇」もなくなった。
マラソンを趣味とする村上春樹氏は、間違っても文壇バーで深酒する無頼派のキャラではない堅実な作家である。ノーベル賞を受賞した大家である大江健三郎氏に至っては、ノーベル賞を受賞するための努力はしても、若い作家の面倒をみるタイプではない自己中心的な作家、というのがもっぱらの風潮。かって島田雅彦氏と激論を交わし、三田誠広氏を口論のすえ殴ってしまった中上健次で文壇は終わった。

結局、若き編集者と徹夜で肉体労働をおえてその足で喫茶店にやってきて、後に28歳で芥川賞を受賞する作家は、喫茶店「舟」が閉店する夜11時までねばった。改札口で別れて、それぞれ帰宅する正反対のホームに向かう途中、鈴木は急に立ちくらみがしてよろめいた。その時になって、初めて無我夢中になって夕食をとっていなかったことに気がついた。彼は、反対側のプラットホームにしょんぼりとたたずむ健次に声をかけた。
「ナカガミーっ、飯食うの忘れてたなあ。ごめんなあ、気がつかなくて」
「いいよ、いいよ」
健次はさびしそうに笑みを浮かべて小さく手を振ると、オレンジ色の電車が彼の姿をかき消してしまった。
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2008.02.17 Sunday

31歳フリーターの「希望は、戦争。」を読んで

あの「物語三昧」のペトロニウスさまが帰ってきた。ほぼ1ヶ月近くブログが更新されていなかったにも関わらず、人気ランキングが10位代を維持していたところをみると、私と同じく再会を待ち望んでいた方も多いのでしょう。ブランクをうずめるかのように次々と勢いよく更新される記事の中で、私も衝撃を受けたのが「他人にひっぱたかれる覚悟はあるか?」という問いです。

私も再リンクしましたが、31歳フリーターの 赤木智弘さんが、朝日新聞社の『論座』という雑誌に投稿した記事 07年1月号)とその反響へのコメント◆07年6月号)です。
 峇飮鰍鍛法廚鬚劼辰僂燭たい 31歳フリーター。希望は、戦争
△韻辰ょく、「自己責任」 ですか 続「『丸山眞男』を ひっぱたきたい」「応答」を読んで─

有閑マダムさまやペトロニウスさまのコメントを読みながら、彼が敵視しているのは赤木さんと同世代の(ペトロニウスさまのような)成功者ではないと私には思えます。なんだか、ポストバブル世代の就職活動という戦いの中で選ばれた一握りの優秀な成功者対敗者の負け犬の恨み節という対立構図に話が流れていきそうですが、「希望は戦争」という過激なタイトルの主張は、ポストバブル世代への理不屈な状況と現在の日本の閉塞感を打ち破るのは、社会の流動化しかない、その手段としての「戦争」というアナーキーな爆弾を投げたのだと私は考えています。

私には、31歳フリーターの「希望は、戦争。」は衝撃とともに、何度も読ませられ共感すら覚えました。
たとえて言えば、赤木さんはプロ野球チームの入団テストに落ちたのです。”その時に”優秀なわずかな選手のみが試合に出場できる権利をえて、赤木さんのような敗者は補欠で試合を傍観するだけです。しかも、最初の選別ではじかれたらずっと。それが、ポストバブル世代という時代の中でフリーターとして社会にスタートしてしまった彼らの現状です。どんなに努力しても、試合に出場するチャンスさえなければ、能力をのばしたくてものばしようがないのではないでしょうか。
転職してきた方たち(男性)、転職していった方たち(女性)の転職への就職活動を聞いてみると、当然だが前職、今の職場での実際の仕事、キャリア、タチ位置が雇用の市場価値を決めます。たとえば、女性で同じ仕事に従事していてもリーダーとして派遣社員をまとめたマネージメント能力を評価されると、市場価値があがり転職後の年収にはっきり差がつきます。そしてまともな企業は、そもそも新卒のエントリーシートを受け付けるか試合経験のある選手たちだけを求めています。補欠で一度も試合に出場したことのない駒は、最初から対象外。
だから、「64・0%の企業が「経験・能力次第で採用」としているが、そもそも不況という社会の一方的な都合によって、就職という職業訓練の機会を奪われたのがフリーターなのだから、実質的には「採用しない」と意味は同じだ」と赤木さんは訴えるのです。最初の競争で敗れた彼らには、復活するチャンスさえ閉ざされているのが、今の日本の現状ではないのでしょうか。低賃金で真面目に働く女性の活用、経験のある高齢者を年金と抱き合わせで安く遣える再雇用制度の推進、来る団塊世代の大量定年退職のため新卒のポストが広がる中、ポストバブル世代の落とし子たちには社会から見捨てられたかのように光が届いていません。
健康で働ける若者、働く意欲のある若者が、働いて収入をえて自活して独り立ちすることは、人間としての尊厳に関わります。何度も赤木さんの文章に出てくるのが、この「尊厳」という言葉です。
私には赤木さんに同情する気持ちも弁護や応援する優しい気持ちも、あいにくもちあわせていないのですが、マイケル・ムーア監督の言葉を借りると日本という同じ船に乗っている国民のひとりとして、社会主義者に寝返ってしまいたい気持ちになりたくなるくらいこの船はまずい方向に流れていると感じています。船が所詮ひとつだったら、成功者と落伍者のフリーターという個の問題ではなく、同じ船に乗っているというマクロな視点で社会のシステムのあり方を考えるべき時にいるのではないでしょうか。

たとえば、従来の一般的な経済学の学説では、工業化がすすむと初期段階を除けば、国内の格差は縮まるとされていましたが、日本は市場経済型の米国や英国、カナダと並んで、1980年代以降は経済成長と同時に格差が拡大しています。しかし、一方では、フランス、ドイツや、高福祉国家の北欧諸国は、成長が進んでも格差はほとんど拡大していません。かといって、ここで社会保障制度と税金によって所得の再分配をと論議するのも主旨が異なるでしょうが。

「希望は、戦争。」というのは、社会の流動化へのための起爆剤と考えている私は、まだ深く読みこんでいないかも知れませんが、こんな過激でセンセーショナルなタイトルの底に見えるのは、たかだか30歳そこそこの男性の絶望の深さと世論に波紋を巻き起こしたい作為的な意図です。
昨年、ドイツの小さな街で、観光にきていたインド人たちがネオナチのスローガンを叫ぶ若者たちによって暴行を受けるという許しがたい事件が起こりました。こうしたナチズムを正当化する極右団体の活動家が1万人をこえて、ネオナチがらみの犯罪が毎年1万件にものぼるそうです。この現象の原因として、経済停滞による高い失業率、社会的な隔絶と疎外感が指摘されています。そんな彼らをネオナチ団体がコンサートや祭り、市民相談を主催して巧みにとりこんでいき、知らないうちに支持者になっていきます。社会への鬱憤を弱者、少数者への攻撃に向けるネオナチの若者の論理を理解できませんし、日本のポストバブル世代のおかれている状況と並列に論じることはできませんが、彼ら世代の「希望は、戦争。」に向かわせる発想が、ネオナチの若者の心情に近い危険性すらも感じてしまうのです。フリーター歴が長くなるほど、社会との隔絶と疎外感がふくらみます。
とりかえしがつかないのでは、そんな人生の喪失感を味わうほどの彼らを、結局、自己責任の結果と私は斬ることができませんでした。

2008.02.14 Thursday

巨匠ワイダ監督、アカデミー賞外国語部門の本命作『Katyn』を語る

カトン本年度アカデミー賞にノミネートされたポーランド映画『Katyn』のアンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda、81)監督が、1940年のポーランド軍将校大量虐殺事件を描いた同作品について語った。

■フィクションだが、史実に基づいた作品

ワイダ監督は『Katyn』が同賞外国語映画部門候補の5作品の1つになったとの知らせを受けた後、「このようなテーマが受け入れられて本当にうれしく思う。これ以上、歴史を研究する価値はないという人もいるが、価値があったということだ」と話した。
ワイダ監督によると、同作品はフィクションだが史実を基にしたことで作品に感情的な深みが与えられているという。作品中には、ナチスやソ連当局が撮影した映像も使用されている。
同作は、1939年から1950年にかけてのポーランド南部の都市クラクフ(Krakow)を舞台に、愛する者の帰還を待ちわびる女性たちの姿を描いている。
ワイダ監督の父親もポーランド軍将校大量虐殺事件の犠牲者のひとりだった。監督自身もポーランドのレジスタンス運動に参加し、1950年に映画業界に入った。

■隠され続けた真実
『Katyn』というタイトルは、第2次世界大戦中、約22,500人のポーランド将校が旧ソ連軍に虐殺された場所となった森の名前「カチン(Katyn)」からとったもの。この事件は、1939年に旧ソ連とナチスドイツがポーランドへ侵攻し分割統治を行った直後に発生。赤軍により捕らえられたポーランド人将校が反革命主義者とみなされ、内務人民委員部の秘密警察により殺害された。
1941年に旧ソ連に侵攻したナチスが多数の遺体の埋葬地の存在を指摘したあとでも、事件の真相は長い間明らかにされなかった。旧ソ連はドイツ人を非難し、欧米はナチスドイツに対抗する強力な同盟国であった旧ソ連を敵に回さないため沈黙を守っていた。
1989年まで共産主義圏だったポーランドでも、この事件はタブーとされ、1990年に当時のミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev)元ソ連大統領がソ連の責任を認めたとき、事件の真相が初めて明らかになる。
「ロシアの映画ファンは、自分たちの歴史から隠され変えられていた事実に驚くだろう」とワイダ監督は話す。
ポーランドは1939年9月のソビエト侵攻の記念日にあたる前年9月に同作品が公開されたが、それ以降も国内で反ロシア感情が起こらなかったことを、監督は喜んでいるという。

■アカデミー賞では最有力候補か
本年度のアカデミー賞で外国語部門にノミネートされているそのほかの作品は、カザフスタンの『モンゴル(Mongol)』、ロシアの『12』、イスラエルの『ボーフォート レバノンからの撤退(Beaufort)』、オーストリアの『ヒトラーの贋札(The Counterfeiter)』の4作品だが、『Katyn』が本命視されている。
ワイダ監督は、全5作品が暴力、戦争、歴史を描いたものだと指摘する。「おそらく人々は、地球上のある地域で起こる潜在的な紛争を恐れているのだろう。映画監督には、予知能力があるということかもしれない」
ワイダ監督はこれまでにも、1975年の『約束の土地(Ziemia Obiecana)』、1979年の『ヴィルコの娘たち(Panny z Wilka)』、1982年の『鉄の男(Czlowiek z Zelaza)』で3度、同部門へのノミネートを果たしているが、受賞には至っていない。2000年には、アカデミー名誉賞を受賞している。
(c)AFP/Stanislaw Waszak



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ロシア旅行の行った時、添乗員さんに絶対観てくださいとの言葉を託された映画『カチン』なのだが、国内ではまだ配給が決まっていないそうだ。(続く・・・)
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2008.02.13 Wednesday

「主婦の友」6月号で休刊

主婦創刊91年の女性雑誌「主婦の友」が5月発売の6月号で休刊することが13日明らかになった。健康や家計など主婦向けの実用情報を提供してきたが、読者の生活スタイルが多様化したほか、インターネットの無料情報などに押され、部数が低迷していた。同誌を発行する主婦の友社(東京・千代田)が18日に詳細を発表する。

 主婦の友は1917年(大正6年)に創刊。現在売られている3月号で通巻1173号を数える老舗雑誌だが、雑誌不況下で部数が落ち込んでいた。日本雑誌協会によると、同誌の平均発行部数は約16万部。生活実用誌では「ESSE」(約56万部)、「サンキュ!」(約43万部)などに大きく水をあけられていた。(08/2/13日経ネット)


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今年の冬はさぶいっ!!一昨年、厳しい寒さ(と言っても、関東圏はたかがしれているが)に負けて、うっかり財布の紐がゆるみ、ついつい最終バーゲンで気になっていた毛皮のコートを買ってしまった。表が皮革で裏が毛皮、ちょっとカジュアルで上品な印象でとても気にいっているのだが、会社にはなんとなく着ていきにくい・・・。

日が落ちるのが少しずつ遅くなり春の気配を感じながらも、でも、さぶいっ、、、というわけで、ついついうっかり財布の紐がゆるんで、「theory」でレギンスよりも暖かくて使い勝手のよいジャージー素材のパンツ(←これはお薦め♪)を買ってしまった。通勤服は、パンツよりもスカートの方が圧倒的に多い私なのだが、先ごろ勤務先でGパン禁止令がさりげなく発令されてから、妙にズボンをはきたくなってきた。全く、女性には勝負服と言っても、いろいろ必要なのだ。

女性の勝負服、戦闘服も多様性が求められる。シングルで常に「女でいる」間、もしくはいられればよいが、結婚したら妻としてのスタイルが望まれることもある。何も”エプロン姿”を言っているのではないのだが、夫同伴、或いは夫の実家に行く時など、あかるく健康的で、尚且つ堅実で女性らしい印象ももっていただければ、と考える妻達も多いだろう。またこどもがいれば、受験の面接、学校での面談、授業参観等、やはり華美な服装をさけつつ、逆にこどものサッカーの試合は、カジュアルな服装でスタンバイと行き先の場面によって服選びに頭を悩ます。女性の24時間は、かくのごとくめまぐるしい。というわけで、とうとう雑誌「主婦の友」が休刊。

calafさまが「この雑誌そのもには興味がありませんが、この「休刊」という言葉です。休刊というなら復刊というのがあるはずですが、復刊は本当に希で、実質廃刊です。何故休刊といって見栄を張るのでしょうか?出版業界の悪しき習慣でしょうか。」ともの申してらっしゃるが、「廃刊」だと思っていたら確かに報道では「休刊」となっている。「婦人倶楽部」「婦人生活」「主婦と生活」といった4大雑誌が人気を集めた時期があったそうだが、他の3誌が70〜80年代に次々の廃刊になる中、主婦の友として最後まで残っていた「主婦の友」なのだが、とうとう休刊になってしまった。

そもそも”主婦”と言える人が少なくなってしまったのではないだろうか。確かに”専業主婦”という単語があるのだから、家事・育児・介護を専業にする方でなくとも、「兼業主婦」は存在する。しかし、勤務先の派遣社員の方たちもよく自分のことを”主婦”と言っているが、パートタイムならともかく、フルタイムで働いていたらもはや職業らんに”主婦”とは書きにくいだろう。もれ聞くところによると、”主婦”と豪語できるほどりっぱに主婦業はやってないように思えるのだが。。。派遣社員の方たちの場合、こどもの有無に関わらず、同じ勤務時間、勤務形態でも、主たる生計者、世帯主の夫がいると”主婦”になり、子育てしていても離婚している方は自分を”主婦”とは言わない傾向が見られる。”主婦”という職業には、庇護者である夫が必須アイテムなのだ。また正社員は、年齢、結婚歴に関わらず、既婚者で働きながら家事をこなし、精一杯子育てをしても、当然だが自らを”主婦”とは言わない。多分、既婚者のうちで家事をこなしている量は、非正社員と正社員と雇用体系の違いというよりも、どちらかと言えば個人差の方が大きいように思える。

また最近の調査では、夫が高学歴の場合、妻が高学歴でも専業主婦指向が、米国や日本で見られるようになった。生活に余裕があれば妻も収入をえる必然性もなく、なにも会社で働いたり、事業を起こさなくとも、ボランティア、幅広い芸術面での創作など、自己実現、自分を表現する場所がいくらでもあるからだろう。そして30代の都会に住む専業主婦が、最も幸福を感じているとの報告も。専業主婦よりもパート主婦の方が”不幸”という結果になったのは、専業主婦以上に兼業主婦が、家事・育児に加えて更に仕事も背負わされていることからのストレスが原因とみられる。本当にいつの世も、女性は忙しく、そしてたくましい。職場でがんばっているお母さんたちを見ていると、母はつくづく強いと思える。
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2008.02.10 Sunday

プーチン大統領が長期国家戦略を発表

ロシアのプーチン大統領は8日、クレムリンで演説し、2020年までの長期国家戦略を発表した。  
約3か月後に退任するプーチン氏は内政、外交、安全保障など国家の将来像を提示することで、退任後も国家運営に主導的な役割を果たす強い決意を示したと言える。
プーチン大統領は就任後の8年間で社会、経済状況が劇的に改善したと実績を強調した。そのうえでエネルギー産業や金融部門を強化するとともに、先端技術の開発に力を入れ、国際社会をリードする「大国」として発展を続けるとの目標を示した。
安全保障については「新たな脅威に対応する新軍事戦略が必要」と言及し、軍事費については「国家の能力に見合った適切な額でなければならない」と述べ、軍拡路線には進まない方針を示した。
プーチン氏の演説は、次期大統領に就任する可能性が高いメドベージェフ第1副首相をはじめ、政権幹部や国会議員らを前に行われた。(08年2月8日読売新聞)

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米国の熾烈な大統領選挙に比較して、3月2日の投票日を控えたロシアの大統領選挙は全然萌えない。プーチン大統領が後継者として指名したドミトリー・アナトリエヴィッチ・メドヴェージェフ第一副首相の支持率が7割を超えて、圧勝が予測されるからだ。
起訴休職中の外務事務官の佐藤優氏によると、”そもそもロシア人には、自らの代表を議会に送り出していくという意識が稀薄であり、候補者は、上から降ってきて、選挙とは「悪い候補者」「うんと悪い候補者」「とんでもない候補者」の中から、最後の2者を排除して、「悪い候補者」を選択するという消極的選択と考えている”そうだ。

さて、幼なじみとロシア人らしく早くに結婚して結婚指輪を光らせる忠犬ハチ公ならぬ「プードル」(←「選択」誌がつけたニックネーム)のような42歳の大統領候補の巷間伝聞される人物像とは。
好きな音楽が意外にもディープ・パープル、レッド・ツェッペリンで、毎日水泳と筋トレに励み、水槽で飼う魚に癒されてインターネットが大好きとか。。。
ロ童顔の新大統領候補者は、辣腕の米国のライス国務長官からの評価も高く、ドイツのメルケル首相からも「良い仕事ができる」と女性政治家からも歓迎ムード。
メドヴェージェフ氏は、プーチン大統領よりも13歳年下。この国において、年齢差からくる世代間の違いは大きいと思う。メドーヴェジェフ氏は、ペレストロイカを実行したゴルバチョフ時代の幕開けに多感な青春時代を迎え、レニングラード大学から大学院に進学して90年に博士号を取得するという学生時代を過ごした。当時の旧ソ連からロシアに移行する改革の空気を吸って育ったために、リベラルな考え方の素養があると言われるゆえんだ。
99年まで母校の大学で教鞭をとっていたが、ウラジーミル・プーチン首相によってモスクワによばれ、ロシア連邦政府に官房次長として勤務する。同年12月大統領府第一副長官に任命され、05年11月に第一副首相に任命される。その後、メドヴェージェフ氏は福祉、医療、農業、教育と終始一貫して内政問題を担当してきた。彼の軌跡をたどると、早くから彼を後継者として英才教育を施してきたプーチン大統領の思惑と期待がにじみでるようでもある。

クレムリンの内部は、プーチン時代の8年間に利権を握ってきたシロビキ(武力省派)で内紛が勃発しており、さらにそこに官僚が加わるという構図はあまりにも日本人には複雑で理解できないうえ、常に流動的で一夜にして敵味方が入れ替わったりする文脈は全く読めない。これは対立が、思想ではなく利権を守ることによるからだそうだが、ロシアといえば、音楽とバレエと考えるやわな日本女性の私としたは、異なる世界の存在に驚くばかりである。「昨日の友は、今日の敵」という言葉があるが、イタリアン・マフィアと違って、最初から友ですらないところからはじまる利権争いが、ロシアの特徴か。そんな厳しいせめぎあいのクレムリンの中を、毎日の水泳の鍛錬の成果だろうか?、8年間たくみに泳ぎきったキャラクターは、単なるプーチン大統領のお気に入りの大学の後輩、傀儡だけではないことを証明している。
また、ロシアは独自の民主主義を発展すべきとという欧米からの干渉を嫌う「主権民主主義」の発想をしりぞけ、「民主主義に条件はつかない」と主張したメドヴェージェフ氏は、ものがいえる官僚として欧米に広く受け入れられた。

今後は、北方領土問題を抱える日本としても、彼の外交手腕に期待したいところだが、中国は彼が第一副首相に任命されるや次期大統領就任を視野にいれ、ロシアと中国相互の友好の行事の実行委員会のトップだった彼との親交を図ってきたことに比較し、日本では「日本におけるロシア文化フェスティバル」の実行委員長は、同じく大統領候補”だった”ナルイシキン副首相。中国のよみがあたったというわけだ。なかなか解決できない北方領土問題も含めて、ロシアの今後の船長の舵取りにも目が離せない。

米国のお祭りのような選挙に比較して、政府内からも「不思議なほどの静けさで、本当に選挙が行われるのかとすら思えてくる」との声もささやかれるロシアの大統領選挙。好景気で国民の人気をえたプーチン大統領だが、多くの高齢の年金生活者は平均月収の1/4の生活費で絶望的な日々を送っているという。ロシアの冬は、どこまでも厳しい。


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2008.02.06 Wednesday

ヒラリー、オバマ氏互角で歴史的激戦に

選挙米大統領選で民主、共和両党候補選びのヤマ場となるスーパーチューズデーの投票は5日夜に終了、即日開票された。8年ぶりの政権奪回を目指す民主党はヒラリー・クリントン上院議員(60)が大票田の地元ニューヨークやカリフォルニアなど8州を制したが、オバマ上院議員(46)も黒人の多い南部ジョージアや東部デラウェアなど13州で勝利し、ほぼ互角の歴史的激戦となり、決着を持ち越した。
6日未明までのCNNテレビの推計によると、指名候補選出の投票権を持つ代議員獲得数はクリントン氏がこれまで累計で618人、オバマ氏551人。
クリントン氏は5日夜「われわれは戦いを継続する」と述べ、候補指名争いの継続を宣言。オバマ氏も「われわれの時代が来た。変革の時が米国に到来した」と勝利を誓った。
共和党は、マケイン上院議員(71)が大票田のニューヨークやカリフォルニアなど9州で勝利、指名獲得へ優位を固めた。マケイン氏は「数々の重要な勝利を成し遂げた」と勝利宣言したが、ロムニー前マサチューセッツ州知事(60)は7州を制し、指名争いから撤退しない方針を表明。ハッカビー前アーカンソー州知事(52)は5州で勝利した。共和党の獲得代議員数はマケイン氏が累計で504人で、174人のロムニー氏、121人のハッカビー氏を引き離した。
5日は全米の約半数に当たる24州で民主、共和両党の予備選・党員集会が行われた。民主党は22州、共和党21州で、うち19州では両党が同時に実施した。
スーパーチューズデーで民主党は全米の代議員の4割強に当たる約1700人が決まり、共和党はほぼ半数の約1000人が決定する。代議員獲得数で明確に差がつかなければ決着は持ち越され、夏の党大会までレースが続く異例の事態となる可能性も出てきた(07/2/6デイリースポーツ)


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私は、ヒラリー・クリントン氏が好きだが、米国の統合を体現するオバマ上院議員にも魅力を感じている。常々、もし米国人だったら民主党員になっていたと思うのだが、今回の投票はきっと悩むだろうな。共和党立候補者がすっかりかすむくらいの歴史的激戦であるが、どちらが勝っても初の女性、或いは初の黒人大統領という歴史に新しい1ページを刻むことになるだろう。(すでにこの時点で、民主党の大統領が誕生すると予感しているのだが。)しかし、それはまた、歴史的な総額5000億円の多額なカネの爆弾選挙でもある。
確かに、日本でも選挙には軍資金、お金がかかるものだが、米国においては桁違い、またその遣い方も日本人の感性にあわない部分もある。その辺の事情が、今月号の「選択」に掲載されていてこれまでの疑問がクリアーになった。

現在、ヒラリー氏の選挙資金は、推計120億円。仮にオバマ氏を破った場合、200億円を超えるだろうと言われている。そして、ここが肝心なのだが、過去30年の米大統領の歴史の中で、本選挙の前月末までに最も多額の選挙資金を集めた候補者が指名候補になる確率が90%以上。
それでは、その多額な資金の有効活用方法は3つの方策に収束しつつあるという。

\治献金を懇願するオーソドックスなDM。
数百万通になるDMを有権者に送って資金調達を行う。米国人は個人で小切手を切る習慣があので、5〜10ドルの小口の献金が集まる。また献金パーティでも小切手が使用される。

▲優奪噺ザ癲
候補者のHPにある「献金」ボタンを押して、クレジットカードの番号を入力すればOKである。10ドルから超党派選挙運動資金改革法によって制定された上限4600ドルまでの金額が並んでいる。

「バンドラー(束ね屋)」による集金方法。
この方たちは、最低10万ドル以上を集金する政治献金のプロと言ってもさしつかえない。高額な献金をできる富裕層を多く集めて、優秀なバンドラーは1億円以上も集める集金マシーンとなる。ヒラシー氏所属のバンドラーは、322人。(バンドラーの中には、スティーブン・スピルバーグ映画監督や作家のジョン・グリシャムも名前を連ねている。)さらに、集金力のあるバンドラーはネズミ講にも似ているピラミッド型の頂点にもたつ。このバンドラー方式を考案したのが、ヒラリー氏が嫌悪しているブッシュ大統領の右腕と言われているカール・ロープというのも皮肉である。

さて、集金した巨額なお金は、事務所経費、スタッフの給料、遊説旅費、イベント料などに使われるが、最も比重が大きく、また米国らしいと思えるテレビ・コマーシャルに消費される。その割合は、予備選挙時点で5割、終盤になると約8割がCMに使われていく。
アイオワ州では、約1万本のオバマ氏のテレビのCMが流れた。金額にして約9百万ドル。ヒラリー氏は、約720万ドルをかけて7千本。その差が、9%の支持率の差になったとまでは考えたくないが、内容と言えば、日本人の感性に最もあわない対立候補への批判である。何十種類ものオバマ氏がヒラリー氏に対し”この女性を大統領にしてはいけない”メッセージを流す。勿論、ヒラリー氏もオバマ氏の経験不足をついて、批判CMを垂れ流している。ヒラリー氏が女性有権者と低所得者層を中心に、ニューハンプシャーでは徹底的に選挙活動を行ったことは衆知のとおりである。彼女が女性有権者のいたわりの声に、思わず涙ぐむのも当然だろう。

そして夏も過ぎると長い大統領選挙もヤマバを迎え、民主・共和党の政治力と集金力が選挙の運命を左右してくる。両党は、億円単位の資金で約1億7千万人の有権者の個人情報のデーターベース化を行う。(共和党がボーターボールト、民主党がデータマート)氏名、年齢は勿論、自家用車の車種、好みのワインから歯磨き粉のブランド、消費行動まで400ものデーターが蓄積されている。有権者を細分化して、それにふさわしい広告文やメッセージを送る。カード社会の米国の思わぬ副産物だが、目に見えない糸に繰られているようで、私なぞ不快な印象がするのだが。

ちなみにヒラリー氏の”当選請負人”は、ワシントンにある「グランウォルド・コミュニケーション」というメディア関連の社長であるマンディ・グランウォルドさんである。ダークスーツに黒いサングラスをかけたこの女性は、けっこう迫力がある。人工衛星を使って全米のテレビCMを監視し、48時間以内に次の戦略に基づいたCMを制作して流している。熱烈なクリントン氏の支援者の会社には、推定50億円のCMが入る予定である。
これも、米国らしさなのだろうか。。。
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2008.01.27 Sunday

大学生の9割が「KY」いや

1月21日の読売新聞に『学生9割「KYいや」』という記事が掲載されていた。(概要は次のとおり。)

日常生活で「まわりの空気を読むこと」が重要であると考える大学生が9割に上ることが、首都圏5大学の学生たちの調査でわかった。
調査対象大学は、上智、成蹊、専修、東洋、早稲田の学生計800人で、主催はこれらの大学の広告マーケティングを学ぶ学生でつくった「大学生意識調査プロジェクト」


・日常生活でまわりの空気を読むことは重要か。⇒「とても重要である」52%、「やや重要である」38%
・自分自身について「他人からどう思われているか気になる」人は⇒71%
・まわりから自分だけ浮きたくない⇒72%
・人前で失敗することはとても恐い⇒60%
耐えられない行動として
・会話中に沈黙が続く⇒44%
・ひとりで学食でご飯を食べる⇒42%


このプロジェクト代表者の分析どおり「親しき仲にも”空気”があり、周囲から孤立することを恐れて過剰に適応しようとしている」現代大学生の気質がうかびあがる。
ひとりで学食でご飯を食べられない大学生が42%とは、、、難儀な学生生活だな。。。

山本七平さんの著書にある空気を読むことや社会的心理学のEQとは区別して、流行語としての「KY]という言い方を使うが、KYってそんなに大事だろうか。確かに空気が読めなくて孤立していく人は、職場にもいた。よく周囲の人間を観察していながら、人と協調していこうとしていく姿勢がなければチームプレーの場では敬遠されていく。しかし、自己と他者の接点を見つけておりあっていく協調と、その場の空気をよんでとりあえずあわせることとは少し違うのではないだろうか。その場を支配する微妙な空気、そこには個人と他者とのつながりよりも、見えない空気、集団に埋没していこうという日和見主義にしか私にはみえないのだが。

先日、勤務先の人権啓発研修で障碍者にまつわるお話があった。
重度の障碍をもつ妹がいる中学生のお兄ちゃん。自宅では、妹を可愛がり、よく面倒を見ているお兄ちゃんなのだが、或る日学校行事でバレーボールの大会があった時に、妹を連れてこないでほしいと母親にお願いをした。母親は、お兄ちゃんの悲しい気持ちを忖度して、こっそりと妹を車椅子ののせて連れて行き、遠くからめだたないようにお兄ちゃんのチームの応援をしていた。応援のかいもあり、見事お兄ちゃんのチームは優勝。そっと帰宅するつもりだったところ、母親と妹に気がついた同級生たちによって、あっというまに車椅子の周囲をとりかこまれてしまって動けなくなってしまった。母子の姿から、車椅子にのって重い障碍のある女の子が彼の妹とわかり、緊張したその場の空気をときほぐしたのが、ひとりの同級生の男子生徒の言葉だった。
「この子は、勝利の女神だね」
と、優しく女の子の頭をなでると、みんなが口々に「そうだね、勝利の女神だよ」と同和してなごんだそうだ。

大変よいお話である。誰もが、自分も障碍のある方に差別の意識もなく思いやりの心をもちたいと考えるだろう。けれども、それとは別にKYな私はある種の懸念を感じてしまう。
妹の存在をかくしたかったお兄ちゃんは、中学生という自我が確立形成される難しい時期でもある。そんななか、もしあの状況で最初に口を開いたのが賢くあたたかい気持ちの男子生徒でなかったら。世の中には、感受性が鈍く愚かな人々が多いのも、新聞報道を読む限り事実である。自我がかたまらない中学生の集団で、最初の一言で、”美談”の状況、空気が全く違ってくる可能性もないとは言い切れない。
空気を読めないことは、そんなにいけないことなのだろうか。知性の成熟には、異なる人間との関わりぬきにはありえない。また友人関係は、自分とは違う個との対立とせめぎあいではぐくまれていくのだとも思う。お互いの空気を大事にしなければ成立しない脆弱な親友などいるのだろうか。
先日の某大学の応援団の団員への不祥事による解散事件など、誰もが暴行をとめることができなかった。これは、名のある大学という最高学府に学ぶ団員がその場にあった”空気”にさからえなかったということだろうか。伝統ある部でOBの残念さはわかるが、解散は当然であろう。

「空気の研究」で山本七平さんは、「日本は空気に支配されて意思決定が歪む国であるという悪癖がある」(←「物語三昧」のペテロニウスさまの言葉から引用させていただきました)と、自分の意志決定をその場の”空気”にまかせる危険性を指摘した。
日常でまわりの空気を読むことが大事とした大学生は、9割にのぼる。空気をよむ文化をすべて否定するつもりはないが、誤解をおそれずあえて言うと、まわりからうくことを恐れいつまでも自我が確立しない幼稚な学生、KYってそんなに悪いことばかりでもないと学食で平気でひとりで食事をしていた私は思うのだが。
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2008.01.21 Monday

「現代のガリレオ」情熱大陸より

冬の凍てついた空にまたたく星を眺めながら、悠久なる宇宙の果てを考えるのも、日ごろの時間に追われる生活のストレス解消になる。毎日宇宙のことを考えることをお仕事にしているちょっとうらやましいような理論天文学者、小久保英一郎氏が昨夜の「情熱大陸」の主人公。
タイトルは、「現代のガリレオ」。

番組では、甘めのルックスの現代のガリレオの業績と講演、趣味に興じる私生活を紹介していた。
がり小久保さんは、自分で制作したスーパー・コンピューターを駆使して、データを動かして惑星の成り立ちをシュミレーションしている。自称「地球をつくる実験」である。画面上には、散らばった塵が途方もない年月を経て、太陽系の惑星に集約していく映像が紹介されていた。それによると、月は46億年前にたった一ヶ月で誕生したそうだ。小久保理論の画期的な点は、数式をシュミレーションして惑星形成の理論を説得力もつ実験結果で証明したところにあるように感じた。テレビで観ても、単なるビジュアル的なCGではなく、凡人には理解を超える理論の裏付けを感じさせる。小久保理論は、学会でホームランを飛ばして、一躍その名前を世界に知らししめた。今は、さらに自説の理論の精度をさらに高めている研究をしているようだ。

小久保英一郎さんは、宮城県の仙台一高出身。(仙台出身と聞くとだいたい一高か、最近は二高だしな。)1997年に東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了して、現在は国立天文台理論研究部の研究員。主な研究分野は惑星系形成論である。

こどもの頃になりたかったのは、冒険家。高校時代は山岳部で、大学からはスキューバー・ダイビングに凝っていて、今でもよくもぐりに行く。伊豆の海をもぐりふわふわと浮遊しながらボンベにつながった小久保さんと彼とたわむれる魚たちを見ていて、海の中は地球外惑星のイメージに近いと感じた。映画『ワイルド・ブルー・ヨンダー』で有人探査船「ガリレオ」がたどりついた惑星の映像が、海の中で撮影されていたことを思い出す。海の中と宇宙、スェットスーツを着ているか、宇宙服を着ているか、意外にもリンクしている。象牙の塔にこもり、難解な数式ばかりを相手にしている研究者とはイメージが違っていた。三鷹市にある国立天文台にも、外国製の高価な自転車で通勤。理系の研究者にありがちな、食事にはこだわらないようだが、凝り性でもある。幸か不幸か(←番組での言葉)いまだに独身。研究室の本棚にあったB級の宇宙人をテーマにしたサブ・カルチャーの本を撮影されると「やばい」と言っている素顔は、研究内容に比較して普通のちょっと年のいった青年だった。独身のせいか、39歳という年齢のわりには、ずっと若々しい雰囲気がある。

がりそんな元探検家志望の小久保さんの持論が、探検とは知的情熱の肉体的表現である。まず最初に結果を想像してシュミレーションするばかりではなく、とりあえずやってみて発見する喜びもあるそうだ。そんなことを語る講演会のもようを紹介していたが、これが大変わかりやすい。地球の自転を、その角度とほぼ24時間かけて一回転することを、日本のように四季があり美しいことや、回転速度がもたらす安定や自然の恵みを説明していた。
最後に受講者からの質問に対する回答に、豊かな自然に恵まれた田舎で野山をかけまわって育ったという現代のガリレオらしさを感じさせた。
「宇宙人はいるか」宇宙には、1億個の惑星があるそうだ。

小久保氏の信条として、地球の誕生は奇跡ではなく、僕たちはなにも特別な存在ではない。だから宇宙人はどこかにいる。
この辺は、サイエンスというよりも個々人の世界観に近いのだろう。近年、宇宙理論学者の間では、逆に地球のように高等生物が発生できる環境にある惑星が誕生するには、多くの偶然と幸運が重なった奇跡のようなことから、人間のような知的生命体は存在しないのではないか、だから人間の存在には意味があるのではないか、と模索する流れもある。現代のガリレオと特別な存在の研究者としてマスコミでも放映される小久保氏が、「我々は特別な存在ではない」という信念をもっていることも興味深かった。

*ご参考→対談(前半)(後半)


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