千の天使がバスケットボールする

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2007.07.16 Monday

『うつせみ』

うつせみご近所で、建売住宅の物件が売出中だ。土地40坪、2LDKの1階に、2階は3つの洋間が重なる典型的なこどもふたりの核家族向けの家である。値段は安いのだが、なかなか見学者すら現われないその新築の空家をのぞくと、空っぽの部屋は驚くほど空虚な感じがする。

今、欧州で最も注目を浴びているアジアの監督といえば、『サマリア』で2004年に第54回ベルリン国際映画祭最優秀監督賞(銀熊賞)を受賞したキム・ギドクであろう。その鬼才の監督が同年に続けて第61回ヴェネチア国際映画祭監督賞受賞したのが、本作品の『うつせみ』である。
ミステリアスな青年テソク(ジェヒ)は、留守宅を見つけては部屋の主が帰宅するまで侵入しながらバイクで旅をしている。他人の家でシャワーを浴び、冷蔵庫の中から食材を取り出して料理をし、植木に水をやりながら、家族の残した洗濯物を洗う。すっかり寛いでベッドで眠り、家を出る前に侵入した部屋の中で自分の写真を撮る。そんな彼が或る日忍び込んだ豪奢な邸宅には、有能な実業家である夫から暴力を受けて”抜け殻”のようになってひっそりと生きる人妻ソナ(イ・スンヨン)がいた。驚くテソクをじっとすがるように見つめるソナ。
そこにかかってきた夫からの電話で夫婦の痛ましい事情を知り、しかし一度は立ち去ったテソクだが、再びバイクを家に向かって走らせる。再会した孤独なふたりに、会話は必要なかった。傷ついて風呂場で泣くソナのために、クローゼットの中から似合う服をそっとそろえ、優しい音楽をかけるテソク。そして何も知らずに帰宅し、再び暴力をふるう夫を見たテソクの無言の決意は、ゴルフ・ボールで彼を襲撃してソナを連れ出した。ずっとひとりだったテソクは、今度はふたりで留守宅に忍び込むようになる。料理をするソナ、壊れた時計を修理するテソク、偽りの家で、偽りの時間を共有し、あわただしく逃走しながら、あてもなく漂流するふたり。それでも、彼らにとってはなによりも彼らだけの至福の時間だった。けれども、それもやがて終わりを迎えるのだったが。。。


うつせみキム・ギドク監督の作品には、不思議な非現実的な浮遊感が漂う。『サマリア』における蜻蛉のような空想的な少女の存在、『春夏秋冬そして春』で能の舞台のような山深い湖に浮かぶ寺、そして本作品でも、奇妙なミステリアスに観客はのみこまれてしまう。この現実から離れた感覚こそ、キム・ギドク監督独特の世界なのだ。
何故、テソクは健康で学もあるのに、定職につかずに留守宅に侵入する犯罪行為とも言える旅を続けるのか、何故、ソナは夫から実家への援助を受けているとはいえ、地獄のような家にとどまっているのか、そんな平凡な観客の疑問を笑うかのように、この監督は、テソクに侵入した見知らぬ他人の家の洗面所にあった使用済みの歯ブラシで歯磨きをさせる。そして病死した一人暮らしの老人の遺体を、丁寧に拭いて埋葬もさせる。訪問する家も、旧家もあれば貧しい集合住宅もある。会話もなく、ずっと同じ服装であてもなくバイクで留守宅を探すふたり。ここにあるのは、理屈をこえた不可解で非合理的な世界である。この世界を受け入れる、受け入れられることの快楽の有無が、キム・ギドク監督にはまるか嫌悪感を感じるかのわかれめだろう。

そして物語が儚くも夢見るような結末に至ると、またもうひとつの感覚を抱く。
テソクは、部屋に閉じ込められたソナが過酷な現実とおりあうために、社会から孤立した孤独な魂がつくりあげた幻だったのではないだろうか。だとしたら、たった一言の最後の会話のなんと寂しくて、そして虚しいことか。
あるいは「家」を抱えたソナに、自由に旅をしていたテソクがとりこまれたという解釈も成り立つと思う。それはまるで安部公房の「砂の女」によって、閉塞した空間で余儀なく生活せざるをえなくなった主人公のように。けれどもテソクの満足そうな穏やかな微笑みが、社会と切り離された濃密なふたりだけの時間の移り変わりの幸福も寛容したい気持ちになる。
 「孤独とは、幻を求めて満たされない、渇きのこと」
これは、小説「砂の女」の中の有名な一節であるが、たとえ幻でもなにかをつかめば人は生きていける。原題は「空き家」であるが、邦題の「うつせみ」が作品の核心を見事についている。

原題:空き家(米題:3-IRON)/2004年韓国製作


■アーカイブ
サマリア


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映画『うつせみ』
原題:空き家/3-Iron 「うつせみの、命を惜しみ、波に濡れ、伊良虞の島の、玉藻刈り食む」・・絶望の淵にある深い孤独と心の絆、純愛と呼ぶには余りに空虚で哀しみが溢れてる・・ テソク(ジェヒ)はバイクでなにやら戸別訪問してドアに貼紙してまわってる。
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