千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
旧館の「千の天使がバスケットボールする」http://blog.goo.ne.jp/konstanze/

<< July 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

<< ブログの時代―旧館「千の天使がバスケットボールする」より | TOP | 『グッドナイト&グッドラック 』 >>

2013.12.15 Sunday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


| - | - | -
2007.03.30 Friday

『善き人のためのソナタ』

監視社会がはじまっている。
私の勤務先について言えば、メールは管理職は見ることができるし、社外とのメールは件数をカウントされている。街を歩けば、テロ対策防止用の監視カメラにぎょっとすることもある。しかし自分の知らないうちに最もプライベートな、個人の尊厳に関わることまで監視されていたとしたら。しかもその結果によっては、失職どころか獄中につながれて社会人として抹殺される可能性もあったとしたら。旧東ドイツの秘密警察・国家保安局(シュタージ)は、1949年から89年のベルリンの壁の崩壊まで、実に40年間という長い歳月において国内の反体制を徹底的に監視し取り締まってきた。

1984年の東ベルリン。国家保安省局員ヴィーラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)は、常に謹厳実直、ねらった反体制分子に対してはなんの感情もなく冷静沈着に自白させ落としていた。そんな彼に、人気劇作家のドライマン(セバスチャン・コッホ)と彼の恋人である華やかな舞台女優クリスタが反体制的である証拠をつかむように命令がくだる。成功すれば、昇進と登用が待っている。国家に忠誠を誓い信じてきた彼は、このミッションを着実に遂行するためになんの疑いも抱くことなく、彼らの部屋に盗聴器をしかけた。
毎日、毎晩、盗聴器から聞こえてくる恋人たちの生活の音や響きが、やがてヴィーラー自身の心に共鳴していき新しい世界が開かれていくとは予想すらできなかったのだが。
(以下、内容にふみこんでいます。)

本作品のテーマーはみっつある。
まず冷酷な監視社会における恐怖と悲しみである。親しい友人、あるいは家族や恋人だと信じていたはずなのに、実は監視されて密告されていたという事実を知った時の衝撃と苦しみ。(これは映画でも照会されていたが、ベルリンの壁崩壊後に個人情報を本人に限り閲覧できるようになり、その結果、上記のような事実に接し人間不信に陥る人が多く出現した。当然だろう。)そして睡眠妨害などの拷問、あるいは家族を守るために友を売る行為に、人を追い詰めていく当時の東ドイツの体制の恐ろしさを淡々と静かに描いている。

次に共産主義とは言いながらも、支配する人間と支配される人間が構成する完全なる権力のヒエラルキー社会における恐ろしさと虚しさ。生殺与奪の権利を手中におさめた権力者の悪魔のような欲望の前に、虐げられた人間はあまりにも非力である。生きるために権力者にひざまずく彼、あるいは彼女たちを責めることができようか。あまりにも残酷な仕打ちに、自らを生涯責め続ける被支配者層の悲しみもまた深い。

ヴィーラーとドライマンは、近い世代の同じ国家の男性でありながら、すべてにおいて対称的に描かれている。ストイックな生活そのままに無駄な贅肉がいっさいないヴィーラーと、ネクタイを嫌う長髪でほどよく年相応のあぶらののったドライマン。多くの友人が集まり、音楽とお酒と楽しいプレゼントではじまり、そして叶恭子さんドイツ版のような恋人ととの激しくも情熱的な抱擁でおわったドライマンの誕生日。それを屋根裏でひっそりとひとりで盗聴するヴィーラー。
それは単に体制側と芸術家でもあり自由な反体制側というモデル像との対比を強調しているだけではない。
ドライマンの部屋は友人から贈られた楽譜からの美しい音楽を奏でられるピアノ、壁は様々な蔵書に囲まれ、誕生日のプレゼントが無造作にのせられた机があり、そこからは親しい友との会話のさざめきが満ちている。一方、盗聴をおえて帰宅したヴィーラーの部屋は、実に簡素で最低限の生活必需品以外なにもない。勿論、彼を迎える女性の姿もない。
ヴィーラーは、盗聴器を通してそこから溢れてくる生活の華やかな音楽に耳と心を奪われていく。音楽、自由な思想、詩、そして愛する人との語らい。それは、彼の知らなかった、彼のもたざるものだった。
「生きる歓び」
初めてそれを知った彼は、心がふるえた。
それは、確実に彼自身を変えた。

この映画の主役は、なんといってもヴィーラーである。娼婦とあわただしくコトをすまし、名残惜しげに彼女をひきとめるヴィーラー。出世の道を完全に絶たれ、地下室で黙々と郵便物の開封作業をし、最後には街の片隅でひっそりと郵便配達夫になっていたヴィーラー。彼はすべてを失った。それでも彼は、生きる歓びを知ったことで後悔はない。私は宣伝で強調されている監視社会の恐怖よりも、この”生きる歓び”の感動が重要な三つ目のテーマーだと感じる。
センスのよい邦題「善き人のためのソナタ」がいきてくるラストシーンは、33歳の監督の才能を遺憾なく発揮している。
この映画を観ていない人には、映画好きと言わせたくない。
★★★★★

2013.12.15 Sunday

スポンサーサイト


00:00 | - | - | -

コメント

こんばんは、はじめまして。

カフカの城と善き人の〜のトラバありがとうございました。そうですよね、確かにおっしゃる通り、生きる歓びを最も主張したかったのかもしれませんね。それでは、またよろしくです。
2008/02/05 12:21 AM by David Gilmour
>David Gilmourさまへ

コメントもありがとうございます。
カフカの「城」を観ている方は、非常に珍しいですね。思わず、親しみを感じてしまいました。^^

「善き人のためのソナタ」は、大変よい映画でした。
城の主人公とヴィーラー大尉を演じたウルリッヒ・ミューエは、役者としてもよかったのですが、昨年病気で亡くなったそうです。
残念ですね。

こちらこそ、宜しくお願いします。
2008/02/05 11:02 PM by 樹衣子*店主

コメントする









この記事のトラックバックURL

トラックバック機能は終了しました。

トラックバック

『善き人のためのソナタ』が語る「おとぎ話」ではない歴史の現在形
東西ドイツ統一をテーマにした映画と言えば、『グッバイ、レーニン!』という作品がある。母が眠る前(統一前)と目覚めた後(統一後)の間に起きたドラスティックな変化に対して、息子が時間を早送りすることで、旧体制の忠実な下僕だった母を新体制下の社会にソフトラ
(存在の耐えられない軽さ 2007/04/01 3:43 PM)
善き人のためのソナタ DAS LEBEN DER ANDEREN
 ヴェルナー・ヘルツォークをして「ドイツ映画史上、最も素晴らしい作品で ある」と言わしめた作品となると期待せざるを得ないのだが、観たいと思っ ていたもう一つの理由は、ドイツの短編映画集「クルツ・ウント・グート?」 で「東独国家保安省文書復
(複数にして単数の映画日記 2007/05/19 10:54 PM)
真・映画日記『善き人のためのソナタ』
2月19日(月) 日中は特になし。 少し忙しく、午後6時半に終業。 虎ノ門から銀座線に乗り渋谷へ。 7時15分頃「シネマライズ」に到着。 ドイツ映画の『善き人のソナタ』を見る。 監督はフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。 この作品が長編初監
(           2007/05/20 7:00 PM)
映画:善き人のためのソナタ
善き人のためのソナタ(シネマライズ) 「この本を<HGW XX/7>に捧げる」 (原題:DasLebenDerAnderen (The Lives Of Others))協力者10万人、密告者20万人。 体制維持のためにこれだけの人員と労力をかけていたのは本当に末期症状だったのだろうな、と思いま
(駒吉の日記 2007/05/25 10:08 PM)
善き人のためのソナタ
 その曲を本気で聴いた者は、悪人になれない。  1984年の東西冷戦下のベルリン。DDR(東ドイツ国家)は、国民の統制と監視システムを強化。  当時、国家保安省(シュタージ)のヘムプフ大臣は、劇作家ドライマン(セバスチャン・コッホ
(とにかく、映画好きなもので。 2007/07/21 11:24 PM)
善き人のためのソナタ
善き人のためのソナタ&#8194;(2006 ドイツ) 原題   DAS LEBEN DER ANDEREN       (あちら側の人々の生活)      監督   フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク    脚本   フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク  
(映画のメモ帳+α 2007/07/21 11:50 PM)
おじさんシネマ(善き人のためのソナタ)
ドイツ映画がすごい。 ここのところ、公開されるドイツ映画に胸を撃ちぬかれている。 ここにまたひとつ大切な映画に出会ったようだ。 しばらくドイツ映画に注目してみよう。  「善き人のためのソナタ」  東西ベルリンの壁崩壊をはさんだドラマ。 東ドイツでは、
(おじさん(Age.51)日記By宙虫 2007/07/22 1:23 AM)
善き人のためのソ\ナタ
   1989年11月10日東ドイツが西側に脱出する市民に歯止めを かける為に建築したベルリンの壁が崩壊。自分は当時小学校 6年生で担任のM先生がとにかく歴史的な出来事が起こったと
(悩み事解決コラム 2007/08/12 7:33 PM)
善き人のためのソナタ
 『1984年、壁崩壊直前の東ベルリン。 盗聴器から聞こえてきたのは、 自由な思想、愛の言葉、そして美しいソナタ・・・。 それを聴いたとき彼は、生きる歓びにうち震えた――。』  コチラの「善き人のためのソナタ」は、2/10公開になったアカデミー外国語映画賞
(☆彡映画鑑賞日記☆彡 2007/09/06 12:47 AM)
善き人のためのソナタ−(映画:2007年104本目)−
監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク 出演:ウルリッヒ・ミューエ、マルティナ・ゲデック、セバスチャン・コッホ、ウルリッヒ・トゥクール、トマス・ティーマ、ハンス=ウーヴェ・バウアー、フォルカー・クライネル、マティアス・ブレンナー 評
(デコ親父はいつも減量中 2007/09/18 12:38 AM)
「善き人のためのソナタ」自由を阻む壁は本当に無くなったのか
「善き人のためのソナタ」★★★☆DVDで鑑賞 ウルリッヒ・ミューエ 、 マルティナ・ゲデック主演 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督、ドイツ、2006年、138分 まだドイツに壁が存在し かつての一つの国が分かれ 全く異なった環境に置かれてい
(soramove 2007/09/29 8:03 PM)
『善き人のためのソナタ』'06・独
あらすじシュタージ(国家保安省)の局員ヴィースラー(ウルリッヒ・ミューエ)は、劇作家のドライマン(セバスチャン・コッホ)と恋人で舞台女優のクリスタ(マルティナ・ゲデック)が反体制的であるという証拠をつかむよう命じられる。ヴィースラーは盗聴器を通して彼
(虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映画 ブログ 2007/10/28 11:33 PM)
映画『善き人のためのソナタ』
原題:Das Leben der Anderen ベートーヴェンのピアノソナタ「熱情」を愛した男レーニン、だがロシア革命の指導者たる彼にとって、善き人になるためのソナタなど聴くことは叶わない・・・ 1984年はベルリンの壁崩壊の5年前、旧東ドイツの国家保安省シュ
(茸茶の想い ∞ 〜祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり〜 2007/12/12 2:00 AM)
「善き人のためのソナタ」
旧東ドイツの監視社会を描いた映画「善き人のためのソナタ」(原題:他者の人生、2006年、独、138分)。2006年のアカデミー外国語映画賞やNY批評家協会賞などを受賞。監督は弱冠33歳の新鋭フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。本作では、ファ
(シネマ・ワンダーランド 2008/02/04 1:14 AM)
善き人のためのソナタ
とても話題になったので 是非観たかった作品です。 しかもアカデミー賞外国語映画賞受賞作品。 外国語映画賞部門は「海を飛ぶ夢 」私の趣味の作品が多いのです。 DVDで鑑賞。 1984年、東西冷戦下の東ベルリン。 国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラー
(映画、言いたい放題! 2008/02/12 12:12 PM)
映画「善き人のためのソナタ」を観た!
「盗聴」とは、他人の会話や通信などを、知られないようにそれらが発する音や声をひそかに聴取・録音する行為です。聴取した音声から様々な情報を収集し、関係者等の動向を探る目的で用いられます。旧ソ連時代、在モスクワの外国公館すべてに盗聴器が仕掛けられていると
(とんとん・にっき 2008/04/06 7:36 PM)
『善き人のためのソナタ』を観たぞ〜!
『善き人のためのソナタ』を観ました一党独裁の非人間的な監視国家であった旧東ドイツの実情、そのシステムの中で生きる人々の苦悩を、哀しくそして美しく描いたヒューマン・ドラマです>>『善き人のためのソナタ』関連原題:DASLEBENDERANDEREN   THELIVESOFOTHERSジ
(おきらく楽天 映画生活 2009/04/22 8:01 AM)

▲top