クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録
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2008.05.28 Wednesday
あの『模倣犯』から、9年もたっていたのだ。
主人公の犯人を、私の頭の中では俳優の織田裕二さんに踊っていただいたのだが、その織田さんももう40歳。歳月がたつのは、本当に早い。
他の登場人物の存在がきわだっていたために、少々かげの薄かった前畑滋子さんが最登板しての「楽園」。宮部節は、益々絶好調ではあるのだが。
その前畑滋子をひとりの中年の”おばさん”が訪問する。53歳の萩谷敏子。時代に逆行しているかのように、荒れて節々が太くなった手、汗をふきながら小太りの体を丸く小さくして愚直に訴える彼女の手には、天使のように可愛らしい小学生の息子の写真が握られていた。母子家庭で、貧しい中を懸命に育ててきたひとり息子を、彼女は交通事故で亡くしたばかりだった。ところが、最愛の息子が残した絵には、不可思議な謎があったのだが。。。
ミステリー作家として、独特の宮部節が本書でも効いている。それは、彼女のファンにとっては、「ミステリー」という殺人事件などのグロテスクさや、残酷さ、悲劇に優しさとあたたかさを調和させる魅力となっている。今回は、最愛の息子を亡くした萩谷敏子の存在が、その役割を担っている。もはや絶滅種に近い、本当は賢くて誠実に生きてきた謙虚なおばさんキャラを存分に描きながらも、惜しいかな、上下巻と700ページもありながら、その対極として非行に走ってしまった娘を思い余って手にかけてしまった土井崎夫婦の深層が見えてこない。そして、もしかしたら自分のために姉の存在を両親は封印してきたかもしれないと考える妹の複雑な心理も。これは、前畑滋子の「模倣犯」の後遺症としての心の移りに比重をおいたため、他の登場人物の心理描写がぼんやりしてしまったのだろうか。その真面目で謹厳な夫婦の鵺のような闇が、私にはむしろもっとも恐ろしく感じられた。
仮に、この夫婦にもっと重要な役まわりをさせていたら、「模倣犯」のような社会性にまでふみこんだ大作としての価値があったのだろうが、「楽園」はミステリーの娯楽作品で終わってしまっている。娯楽に徹することができるほど、親の子殺しや、こどもを不意の事故で失った母親の哀しみは表面的ではない。
「模倣犯」で味わった恐怖、被害者側の想像を絶する感情。しかし、現実は、それすらもまるで軽くなってしまうかのように猟奇的で残酷な事件がとぎれることがない。横溝正史の時代から、こんな恐ろしい時代になってしまった現代において、「ミステリー小説」はどこへ向かうのだろうか。不図、そんなことまで考えてしまった。
また論理実証科学主義者の私としては、敏子の息子の「サイコメトラー」という設定は、どうしてもなじむことができなかった。宮部作品のベスト1だと思っている「蒲生邸事件」のようなSFとして読める小説は別だが、全体として中途半端な不完全燃焼で今回は消火してしまった。
宮部みゆきさんは文字どおりの流行作家で、緻密で中身の濃い文章がお好みの私でも、新書が出版されえれば必ず読みたいミステリー作家である。その分、期待や要求が大きいのも事実。それに「模倣犯」「蒲生邸事件」と、すでに最高傑作をうんでしまった作家に、これ以上望むのは酷なのかもしれない。
ただ、前畑滋子センセイと萩谷敏子のコンビはなかなかよいので、このおふたりは今後も再登場する可能性大である。
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