千の天使がバスケットボールする

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2013.12.15 Sunday

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2008.04.24 Thursday

「つぐない」

光市母子殺害 重い意味持つ「厳罰化」4月23日)<北海道新聞>
山口県光市の母子殺害事件で、広島高裁の差し戻し審が、当時十八歳の少年に死刑を言い渡した。
判決は、殺意を否定する被告の新たな主張をすべて退けた。弁解や反省も刑事責任を軽くするための偽りだとして、「くむべき事情はない」と判断した。

この事件では殺人罪などに問われた少年に対し、一審と二審は無期懲役の判決だった。
最高裁は二年前、「被告の罪責は誠に重大で、特にくむべき事情がない限り死刑の選択しかない」と異例の差し戻し判決を出した。今回はその流れに沿ったと受け止められる。 少年への死刑適用のハードルを下げた重い判決と言え、厳罰化の流れをさらに進めるだろう。
差し戻し審で弁護側は「精神的に未成熟な少年による偶発的な事件」と主張した。しかし、判決は被告の供述が不自然だとして一蹴(いっしゅう)した。

判決は、被告側のくむべき事情については、厳しく判断した。
被告は幼少期から実父の暴力を受け、中学時代に実母が自殺していた。家庭環境に恵まれず、精神的な成熟度が低かった。 判決は、こうした点を認めながらも、罪質や動機、態様を考えると、死刑を回避する十分な事情とまではいえないとした。 これは、少年の矯正可能性や年齢を重視してきた従来の判例とは大きく違っている。

死刑について最高裁が一九八三年に「永山基準」を示してから、犯行時に未成年で死刑が確定したのは十九歳が四人を殺した二件だけだ。
今回は死者が二人である。少年法で十八歳未満には死刑が適用されないが、十八歳一カ月という最年少への死刑判決にもなる。
永山基準は、罪質や被害者の数など九項目を総合的に考え、極刑がやむをえないと認められる場合に死刑を選択するというものだ。死刑は例外的な刑罰との立場だった。
これに対し、光市事件で最高裁の小法廷が示した差し戻し判決は、原則と例外を逆転させたようにみえる。「犯罪が客観的に悪質とみられるなら、少年でも原則として死刑とした」とみる法律学者もいる。
判例の実質的な変更にあたるなら上告に際し最高裁は、大法廷で慎重な審理をする必要もあるだろう。

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日本中が関心をもった事件の判決がでた。
昨日、いつもは芸能人やテレビの話が多い勤務先の方から、この事件の報道の感想を話しかけられたのだから、やはり国民の関心は強いのだろう。日本は、終身刑がないのだから死刑はやむをえなし、もしくはあんなひどいことをして死刑が当然、殆どの方がそうもっともらしく自信たっぷりに語る。しかし、18歳の誕生日を迎えたばかりの少年が、異常で残酷な犯行に及んだ動機や背景、被告人の闇に誰も殆ど関心をもたない。本当に、それでよいのだろうか。

インタビューに応える被害者のご遺族の態度と発言は、判決が執行されてももどらない命と失われた幸福な家庭の無念さがにじみでていた。また世論をまきこみ、判決に達成感を感じながらも、「死刑がよいとは思わないが」と永山基準をこえたこの事件の判決がもたらした意味を理解し、この哀しみの9年間の歳月、毎日考えに考え抜いた様子が伺える。いつもながらの理路整然として非のうちどころのなく、その反面、せつせつと訴える被害者感情に共感を覚えない人はいないだろう。それに比較して、ご遺族に対して失礼なこれまでの弁護団の態度は、納得がいかない。

しかし、荒唐無稽だと評された少年の証言が、”弁護団”と協同作業の死刑回避のためのあさはかな詭弁なのか、それとも父親から虐待され、実母の自殺により精神が遅滞した12歳の精神年齢がもたらした妄想という真実なのか。私は、本当のことを知りたい。
たまたま山本譲司さんの「続 獄窓記」を読んだなかで、山本さんと犯罪被害者の遺族会の方たちとの意見交換会で、犯人が更正して社会に貢献できて、はじめて遺族はいやされると最近考えると伝えた母親の証言が印象に残った。「つぐない」は、自分の命をもってつぐなうべきなのか、それとも究極の更正なのか。
さらに映画『つぐない』を観て感じたのが、人は果たして過去に犯した罪をつぐなうことが可能なのだろうか。一生つぐなうことはかなわないのだろうか。
いずれにしろ、被害者の感情をしっかり受け止めながら、多くの問いを残した今回の判決をもっと考えていきたい。

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光市事件報道 BPO「感情的に制作」 04月16日<朝日新聞>

NHKと民放でつくる第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会(委員長・川端和治弁護士)は15日、山口県光市で起きた母子殺害事件の差し戻し控訴審をめぐる一連のテレビ報道・番組について「感情的に制作され、公正性・正確性・公平性の原則を逸脱している」などとする意見を発表した。同日、NHKと在京民放5局に通知した。川端委員長は「各局で議論した上で、その結果が報告されることを期待する」と話した。

同委員会は番組に放送倫理上の問題が疑われる場合、独自の判断で審議する組織。07年5〜9月に差し戻し控訴審の内容を伝えたNHKと民放の8放送局、延べ33番組を調べた。今回は、個別番組ごとの問題ではなく、多くの番組に共通した傾向を全般的に取り上げた。
意見書では、ある番組で被告側の主張を「命ごいのシナリオ」と呼ぶなど、被告弁護団や検察官、刑事裁判の仕組みや役割を十分認識していない▽被告人がどういう人間かが伝わらず、その発言を表面的に批判・反発している▽被害者家族の会見映像が多く流され、同情・共感を強く訴える内容になっている――ことなどを指摘。「一方的で感情的な放送は、広範な視聴者の知る権利にこたえられず、視聴者の不利益になる」とし、来年から実施される裁判員制度への影響にも触れている。

■アーカイブ
・或る日のCBSレポートから
・米国のふたりの知事
・映画『息子のまなざし』

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