千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
旧館の「千の天使がバスケットボールする」http://blog.goo.ne.jp/konstanze/

<< July 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

<< クラシック音楽家の台所事情 | TOP | 菊池俊吉写真展-昭和20年秋・昭和22年夏- >>

2013.12.15 Sunday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


| - | - | -
2008.04.12 Saturday

「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ著

くら正直言って、確かにおもしろいのだが「のだめカンタビーレ」は私にとっては胸きゅんレベルの漫画ではなかった。ところが、ピアニストの青柳いづみこさんが書かれた「ピアニストが読むマンガ」でご教授いただくと、あの漫画が実はよ〜くデキテイル作品だということがわかった。目からうろこ、、、というのはこういうことだった。

青柳いづみこさんによると指揮者志望の千秋に対して、のだめは作曲家タイプで作曲家になることを希望していたホロヴィッツにそっくりだそうだ。ホロヴィッツは、ロマン派時代のピアニストのように楽譜に書いていないものを”かってに”つけ加えて弾くのが得意だった。楽譜忠実派の千秋にしてみれば、のだめの演奏は「楽譜見てねーじゃねーか!!」と怒りたくなるのもよくわかる。たとえばコルトーのようにテンポをゆらしたりロマンチックに弾く演奏は、フランス人には「娼婦のような演奏」とあまり評判よろしくない。だから、自己陶酔型のターニャが良い演奏をしても「大事なのはこの曲の音楽だ」とコンクールで落とされてしまったのもわかる。しかし、現代では即興演奏したり(ヴァイオリニストの古澤巌さんの「ひばり」など)、ジャズやポップスにシフトしてもっと自由に音楽とつきあう人が増えていることから、のだめと千秋は古い価値観と新しい価値観の代表選手と分析している。(新しい価値観のトップバッターだったヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんは、作曲の才能だけでなく先見の明があったと実に感心する。)
またのだめのモデルのひとりが、1980年のショパン・コンクールでアルゲリッチが怒って審査員をおりた事件で、逆に一気に知名度と評価があがったポゴレリッチ説も有力である。当時、彼の演奏に25点満点で5点以下の点数をつけた審査員もいたそうだが、通常水準以下でも12〜13点はだすのが慣習であり、もともと超絶技巧の持主であるポゴレリッチがミス・タッチなしで最後まで弾いたのだから、あれはありえない点数、野生児のアルゲリッチが怒るにももっともだったそうだ。理由は、彼のマズルカが伝統的な解釈とあまりにもかけ離れていたところにあるが、斬新な解釈が計算されていている点で天然の変な解釈をするのだめとは全く異なる。自分の個性を強烈にださずに、審査員全員に嫌われない演奏をしないと入賞できないのがコンクールの欠点であろう。
のだめのコンクールや試験での選曲、千秋の演奏会での天才性を証明するプログラミングや登場人物の性格に至るまで、音大で教授もされている著者らしい平易で楽しい解説は、文春新書もここまで軽チャーになったのかと妙に感心するくらいノリがよくあっさりかるめである。読者の対象を従来からのクラオタというよりも「のだめカンタビーレ」のファンになり、はじめてコンサートなるものにおでかけする初心者対象なのだろうか。

それでも”年季のはいった”(←いろいろな意味で)calafさまやromaniさま音楽好きの方にも本書をお薦めしたいのが、このタイトルにこめられた「ボクたちクラシックつながり」という意味である。不良債権といわれるくらい回収できない投資が必要な職業のピアニスト、たとえ世界的な演奏家になっても待っている孤独で厳しい演奏生活、はびこる商業主義。(なんとフランスで最も人気のあったピアニスト、フランソワ・デュシャーブルは音楽界をとりまく商業主義に絶望してグランドピアノを湖に沈めて燕尾服を街頭で燃やして引退してしまった。)けれども、一流の音楽家だけでなく、落ちこぼれ集団のSオケ、廃業寸前のルー・マルレ・オケ、サントリーホールや一流レーベルに縁がないピアニストも、ピアノ教師、趣味でピアノを弾く人たちでも、みんな、みんな音楽でつながっている。

「のだめカンタビーレ」だけでなく、私は読んだことがないが映画化された「神童」「ピアノの森」など、音楽マンガはちょっとしたブーム。これらの音楽マンガは、一般人に知られていない不思議なクラシックの世界の扉を開け、音楽家の生態を暴露?したことになったのだが、その扉の内側の住人の心情が結ばれた「おわりに」が、私にとってはマンガ以上にしみじみとこころに響いたきた。著者が思い浮かばれた千秋とのだめのような、あるピアニストのご夫婦のはなし。。。
「そして音楽への”愛”がすべてを浄化してくれる」
そう、そうなんだよね、とひとりごちながら、扉の外から内側に住む”ボクたちクラシックつながりの”人々の幸福を願いながら、本を閉じたのだった。

■アーカイブ
・クラシック音楽家の台所事情

JUGEMテーマ:読書



2013.12.15 Sunday

スポンサーサイト


23:35 | - | - | -

コメント

こんばんは。管理人さまのおすすめもあり、本日立ち読みして参りました。購入してもよかったのですが、参考資料のほとんどがこれまで読んできた本と重なりますので、30分ほどで読めました。音楽・音楽家のエピソードを知る上で、とてもうまく構成されていると思いました。ホロヴィッツが悪者にされているのは、微笑ましいですが、入門者用ですので当面の目的は果たせていると思います。アンドラーシュ・シフはホロビッッツ批判の急先鋒でしたが、ある仲介者がホロヴィッツに強引に引き合わせた時、普段の批判は本人の前ではまったく口にできなかったことが伝わっています。ピアニストの本音からすれば、皆ホロヴィッツの技術が欲しいのです。が、まねをすれば「一巻の終わり」というぐらい自分の音楽を見失う危険と背中合わせなのです。そのくらいピアニストがあこがれるピアニストの中ではホロヴィッツは群を抜いています。そのホロヴィッツが一目も二目も置いていたのがシモン・バーレルでした。ホロヴィッツある時バーレルに「君のトッカータ(シューマン)速く弾きすぎるよ」といったところ、バーレルは「もっと速く弾けるよ」と返したのです。ピアニストたちのエピソードは私は大好きで、その中にある種ブラックユーモアおよび、ピアニストの表面に出ない本音が隠されています。ピアニストではありませんが、最近佐渡裕さんが題名のない音楽会の晴れある司会者に選ばれましたが、彼を知っている楽団員(女性)のお父様からこんな話を聞いたことがあります。「彼には半径3m以内に近づいてはいけない」彼も「なかなかやるな」と私は思いました。クラシック=真面目ととらえる向きには楽しいエピソードではありませんか?
2008/04/14 10:15 PM by calaf
>calafさまへ

こんばんは★
早い反応で、うっかり見落としそうでしたよ、、、なんてことはありませんが。

>最近佐渡裕さんが題名のない音楽会の晴れある司会者に選ばれましたが

観ました観ました、その第1回目の放送を。
私はなかなかの適任だと思っているのですが、女性からもそう思える逸材だからこそ、お父様からすれば要注意人物なのでしょうね。
はっきり言って、女性にもてない音楽家は魅力ないです。「のだめ」にもありましたが、いつも恋をしているような危なっかしさがあって演奏にも色気がでるのかもしれません。バッハは、また別ですが。もっとも、人間として本当に低俗だと思える人でも、バッハの演奏を崇高に奏でる方のいらっしゃるそうですが。

>参考資料のほとんどがこれまで読んできた本と重なりますので

青柳いづみこさんのサイトをリンクされていましたものね。
ホロヴィッツのエピソードもありがとうございます。中村紘子さんの「ピアニストという蛮族がいる」というご本のタイトルは、あながち誇張ではないかも・・・。
2008/04/15 10:15 PM by 樹衣子
「のだめ」読んでますよ。正直言って話の筋はさっぱりわからないですが、随所の演奏シーンとか、各話の扉絵とかはきれいでいいですね。

この話を古い価値観VS新しい価値観と捕らえるとは斬新です。私には正統VS亜流という風にしか思えませんでした。技術も未熟な若造が個性だのなんだの言うのは、自己満足に過ぎないと思いますね。個性だの感情だのは、完成された技術の上で語ってほしいと思うのは私だけでしょうか。

その、クライズラーカンパニーはモチーフは古典音楽だけど、古典音楽とは別カテゴリーの娯楽作品だと思いましたよ。くねくね踊りながら弾くのも違和感を感じました。音大卒が泣くと思いました。
2008/04/17 11:47 PM by iorinx
iorinxさまも読まれているのですかっ。
これほど普段漫画を手にしない人まで幅広く読まれている「のだめ」って、やっぱり国民的漫画なんですね。

>この話を古い価値観VS新しい価値観と捕らえるとは斬新です。私には正統VS亜流という風にしか思えませんでした。

本書で、10〜15年ほど前の日本人ピアニストの意見がのっていたのですが、全員楽譜に忠実派=正統派でした。やはりある程度の自由な演奏が許されるのは、ホロヴィッツなどの100年に数人しか出現しない天才だけでしょうね。

>個性だの感情だのは、完成された技術の上で語ってほしいと思うのは私だけでしょうか。

私もそう思いますよ。ポゴレリッチは、元々完成された技術をもっていて、年上の後に結婚した教師と共同で曲を研究して、比類のない斬新な解釈を演奏で表現したからアルゲリッチをはじめ、聴衆を魅了したのでしょう。個性的な演奏は一部の人々に熱狂的に支持されるが、やはり王道を行くのは、正統派だけだと私も思います。その一方で、成熟した現代の音楽シーンでは、個性のない音楽家は生き残れないのも事実です。なかなか厳しいですねっ。

>くねくね踊りながら弾くのも

おっ、そうだったのですか?観たくないかも・・・。
2008/04/19 6:27 PM by 樹衣子

コメントする









この記事のトラックバックURL

http://konstanze466.jugem.jp/trackback/208

トラックバック

▲top