千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
旧館の「千の天使がバスケットボールする」http://blog.goo.ne.jp/konstanze/

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2008.03.17 Monday

「天使の記憶」ナンシー・ヒューストン著

天使頭髪は年々乏しくなってきてしまったが、若手フルート奏者の美男子ラファエロは、親からの資産やパリの1等地にあるおしゃれなアパート、フルーティスト独特の息継ぎのマスターだけでなく輝かんばかりの音楽的才能、楽天的な気質、諸々恵まれた環境にいる前途洋々の独身男性。『フィガロ紙』に載せた求人広告が「求む家政婦・家事全般・要料理・住込」。それは、1957年のことだった。やがてやってきたのが、不思議なドイツ娘。彼はミステリアスなこのサフィーを採用すると、試用期間も終わらないうちにたちまち手をつけてしまった。交響曲のように構成を考え、転調して変化をつけ、いきなりフォルティッシモにならないように”ポコ・ア・ポコ”で必然的なクレッシェンドが見事に快楽ののぼりつめた絶頂がくるように。勿論、職業柄、感じやすく繊細で巧みな舌と唇を使って。さしずめ、テーマ音楽はグルック作曲の「愛の勝利」だろう。彼は、これまでであったすべての女性で経験しえなかった快楽を味わい、徹底的の自分を投げ出してサフィーを愛し、そしてドイツ娘というだけで怒るママンの反対をおしきって結婚した。
ふたりの間には胎児が宿り、サフィーはこっそり堕胎をこころみたが未遂におわり、やがて未熟児のエミールを出産する。
妻と愛息に金色の音符をふりまくように愛情をふりそそぐラファエロだったが、妻の心はかたく閉ざされたままだった。
ところがある日、夫の知人の楽器職人・アンドラーシュに出会ったサフィーは、ひとめで激しい恋におちてしまったのだが。。。

ハーレ・クインス・ロマンスのような甘いタイトルと表紙。サフィーを愛する夫ラファエロと恋人アンドラーシュ。こう言ってしまうと、よくある不倫もの、或いは三角関係の恋愛小説と思ってしまうだろう。確かに、陽気でネアカなラファエロを中心に、風変わりで経歴が謎の妻とのレンアイがユーモラスに展開していく。おまけにアンドラーシュもチャーミングで、楽器職人として働く工房の内部のきどらない佇まいが、読者の微笑を誘うかのように描写されている。
この不倫ものは、人の道をはずれるような後ろ暗さも、穢れすらも感じさせられない。サフィーもアンドラーシュも何をもおそれないからだ。サフィーは、ひとり息子を連れて、ただひたすら恋人に会い、愛情をお互いのカラダで確認しあう。彼らは無垢な存在だと言ってもよい。
にも関わらず、恐ろしい予感が、まるで物語全体に通奏低音となってかすかに響き、次第にその研ぎ澄まされた音に首を絞められるように、彼らの存在が重くのしかかる。そして最終章に向かって、読者の想像をこえる悲劇のクレッシェンドがはじまる。

登場人物のキャラクターをめぐるもうひとつの主題音楽が、深い悲しみと禍根を残したそれぞれの国、それぞれの民族の歴史である。
ヒロシマには、世界で初めての壮大な実験、原爆投下が行われた。ユダヤ人は、ナチスによって大量虐殺された。Michael Haneke監督の映画『隠された記憶』の主人公の幼なじみは、両親が1961年のフランスのアルジェリア人虐殺事件に巻き込まれて天涯孤独の孤児になった。アルベール・カミュは、アルジェリアで過ごした少年時代の小説を書いていたが、やがて自動車事故のためフランス南部で死を迎える。ソルボンヌ大学で勉学を終えたポル・ポトは、学んだことを早速実践すべくプノン・ペンに帰った。

そして、アンドラーシュの同郷の友人は、パリを囲む森の中で両手両足をきられて裸でつるされた。
人は、どこまでゆるすことができるのだろうか。私たちは、過去をゆるし、他者の心を理解して、はたしてどこまでも深く愛することができるのだろうか。
私たちは、老いて、天使のもとにかえる前にすべてを忘れて純粋にならなければいけない。もう一度、無垢な存在に戻らなければいけないのだ。

洗練されたパリの香りがただよう文章に魅了され、一気に読んでしまった。しかし、ここで描かれる人間劇は、表紙もタイトルも文体も裏切って、あまりにも重く衝撃的、戦慄すら覚える。
ラファエロの奏でるフルートの調べは、音符の名称も消え、作曲家の名前も時代背景も消えていく。音楽は、音楽について語らない。この偉大な演奏家は、演奏という個別的な現象から離脱して、常に既にそこにある崇高な次元に上昇していく。
老いて、人は音楽のように人生を忘却の彼方に解放する。人生には、何も起こらなかった。起こったとしても遠い遠い過去のこと。はたして、なにもかも忘れてしまうほうが良いのだろうか。本当に?
生きていくうちに、少しずつ手のひらに降り積もった哀しみの雪。それはいつか澄んだ空に消えていくのだろうか。でも、今はアンドラーシュが言った次の言葉をかみしめながら、私は本を閉じるとしよう。


「さあ、泣くんじゃない。音楽がそう言っているよ」

JUGEMテーマ:読書



2013.12.15 Sunday

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