千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
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2013.12.15 Sunday

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2008.03.05 Wednesday

「奪われた記憶」ジョナサン・コットン著

奪われた一昨日のひな祭りは、実は私の誕生日だった。だからというわけではないが、数年ぶりにとりだしたのが、高校時代に愛用していたお気に入りの赤いノルディックセーター。ちょっと小さめのそのセーターにひめられた高校時代の大切な思い出を、しばしの間抱きしめて当時の懐かしい記憶をたどってしまった。ほっ、、、永遠の16歳の乙女心が発動し、まるで昨日のことのように、当時の感情がよみがえり、ほのぼのとしながらもきゅんとせつなくなってきた。あいつのことなど、ずっと、ここ何年も思い出すことなどなかったのに。。。

記憶とはなんだろう。
「記憶は、縦横無尽に針をするお針子」
バージニア・ウルフはそう喝破した。記憶は物質ではなく、機能の集合、つまり脳の中に分散されている部品を必要に応じて織り合わせるシステムである。さしずめ、あの赤いセーターは私の少々衰えてきた脳の中でせっせとお針子の役目を果たしてくれたというわけだ。けれども、もしもその記憶を縫うための金の大事な針を永遠に無くしてしまったとしたら。

パトリック・モディアノの1978年の著書「暗いブティック通り」は、戦争中に記憶を失った≪私≫の自分探しの旅の物語だった。この本を読んで、私は、記憶を失うことの寂しさと、そして現実への足がかりをも失ってしまったこころもとなさの悲しみを感じた。不愉快なことやいやなことを忘却の彼方に流せるのも自分の特技、けれども今後、きたるべき老年の域に到達して病から記憶が少しずつ自分の人生から欠落していったとしたら。
『昼顔』の映画監督ルイス・ルイス・ブニェルは「記憶のない人生とは、とても人生とはいえない。記憶とは、首尾一貫性、理性、感情、行動である。記憶がなければ、我々は存在しないのも同然だ」と述べている。たとえば、高校時代の記憶を喪失してしまったら、そんなことを想像したら記憶がいかに自分の人生の一部、自分自身そのものををつくっていたかということに気がつく。本書は、calafさまがご愛読かと思われる「グレン・グールドとの対話」など、音楽評論家、詩人、また「ローリング・ストーン」誌の創刊以来の編集者としても活躍するジョナサン・コットンが、慢性の鬱病の治療のための電気ショック療法により、1985年から2000年までの記憶を喪失したことをきっかけに、「記憶とは何か」をテーマーに神経生物学者、女優、宗教家、心理学者など幅広い分野で活躍する9人の人々に取材を重ねた、文字どおり「記憶と忘却の旅」である。
この電気ショック療法で思い出すのが、映画好きの者なら誰でも知っている『カッコーの巣の上で』の中で、ジャック・ニコルソン演じる主人公に施された非人道的な行為であるが、現在は適切な管理下で鬱病や統合失調症に対する有効な治療法として知られている。しかし、著者は36回の療法によって15年分の記憶をすっかり失い、認知能力も低下した。インフォームド・コンセプトが不充分なことを怒りながらも、優れたジャーナリストであり詩人でもある著者は、「記憶」の概念からはじまり、ひいては生きることの意味を思索していく旅人となった。これまで「記憶」とは、短期的記憶は海馬でつくられ、長期的記憶が大脳皮質で保管されているという物質レベルでしか私は考えたことがなかったが、本書を読んで、著者の「記憶」をめぐる旅の美しさと神秘さ、深遠さに何度も感応された。
たとえば、アルツハイマー病患者にとっては、美しい薔薇を鑑賞した時、次に再びその同じ薔薇を見ても初めて観た経験となり、結果的にこれを何度も繰り返すことになる。彼らにとっては、習慣による生活の無感動さとは無縁である。患者は、常に「今この瞬間」に生きる存在であり、禅宗の無限が一瞬一瞬の有限の連続であるという考え方にも通じる。
全編を通して、日頃考えたこともない「記憶」をキーワードに読者も著者とともに生きることの意味を問わざるをえない。障碍を残しながらも、著者の繊細で緻密な感性とこれまでの業績がうかがえる(たとえ記憶を失っても)文章に、知的でありながらセンスのよい本と言えよう。つなさんにもお薦め。

長い旅を終えた著者は、自分宛てに手紙を書いた。
「ショック療法は、思考を破壊し、そのリアリティを失わせるが、それでも感情や思考は残っている。私は日々の一瞬一瞬を生きている」
私は赤いセーターを再びそっと丁寧にタンスにしまった。記憶は失いたくない人生の宝物、でも今を生きることももっと大事。

JUGEMテーマ:読書



2013.12.15 Sunday

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コメント

こんばんは。お誕生日おめでとうございます。私も3月中に誕生日を迎えるのですが、この年になりますと、あまりうれしくありません。でも女性の場合は誕生日はいくつになっても何か特別のような気がします。
2008/03/06 5:22 PM by calaf
誕生日おめでとう!。
2008/03/06 10:53 PM by ペトロニウス
>calafさまへ

calafさまも3月生まれでしたね★
3月生まれはなんとなく幸福です。

>女性の場合は誕生日はいくつになっても何か特別のような気がします

そうですよ、ですから奥様の誕生日には、花束をお忘れなく!
2008/03/07 11:33 PM by 樹衣子
>ペトロニウスさまへ

コメントをありがとうございます。
こんなところも見逃さないペトロニウスさまに、日頃の仕事でのご活躍もうかがえますね。
なんとなくタイムリーな本を読んだなと思いました。

もうすぐ桜の季節ですね。
2008/03/07 11:37 PM by 樹衣子

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