千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
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2013.12.15 Sunday

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2008.02.25 Monday

「エレクトラ」高山文彦著

naka46歳という若さで世を去った中上健次。もしも武闘派の彼がまだ生きていたら、さしずめ軟弱ものの森見登美彦などは酒席で吹き飛ばされていただろう。
「文藝」の編集長だった寺田博氏は、中上のデビュー作を掲載した後、新宿の「びいどろ」で健次と酒を呑みながら話をした時、この男は小説の宝庫だと思った。いつかきっと大きな小説を書くのだろう、その発表の舞台は「文藝」。

「中上健次という作家の登場は、現代文学にとってひとつの事件であったと私は思う」
著者のこの言葉に、多くの文学青年や少女はうなずくであろう。私も初めて中上健次の「岬」を読んだ時の衝撃は、今でも鮮明である。あまりにも自分の住む世界とかけ離れたその濃密な血と土の匂いと体臭に、ただただ圧倒された。その荒ぶる作家の創作の端緒を、本書でふれたような気がする。
何故ならば、著者によると健次はこれを書かなければ生きていけないという物語の束がその血の中に脈々と息遣いをし、作家となる宿命を背負ってこの世に生を享けたのだからだ。彼は、その宿命に哀しいくらい誠実に、自分の命を燃焼して人生をまっとうしたのだった。

顔も体格も相撲取りのような健次は、酒席でも場外乱闘に励んでもいたらしいが、この評伝からうかぶその人物像は、意外にも幼少の頃はひ弱で小柄、そしていじめられっこだった。性格も気が弱く優しく、夫人によるとむしろ幼稚なところがあった。けれども、芥川賞を受賞した時、編集者に突進して大泣きをするなど魅力的で人の心をとらえるオーラもかねそなえていた。高山氏の筆が描く等身大の健次は、その一方で文学に対する厳しくも真摯、そして清廉潔白な骨格のがっしりした本物の文学者の姿をとらえている。文学か家庭か。妻からそんな二者択一をせまられるほどの最後の無頼派の生き方は、複雑な出自を背負った者の哀しみすら感じられる。その壮絶さは、最近の薄くて軽く読み捨てられる作品を次々と垂れ流している作家にはみ無縁のものだろう。
父を殺し、母を殺し、ある連続殺人者が銃の引き金をひくかわりに、健次は文章で人を殺してきた。身内の者で、中上健次が大嫌いな者がいる。ひどく嫌悪感を感じるらしく、絶対に読みたくないそうなのだが、だからこそ健次らしいと私は思う。彼の中の路地で蠢く蛇たちは、人間のきれいな理性をはぎとって、その裏にしまっていた裸の本性をさらけだしている。その姿にたまらなく嫌悪感を感じるか、強烈に惹かれるか。またガルシア・マルケスの「予告された殺人」を読んだ時、私は中上健次の小説によく似ているという印象をもったのだが、著者はマルケスの小説が翻訳される前にすでに健次の作品の方が発表されていたと指摘している。

そして、もうひとつ私が圧倒されたのが、健次とともに生きてきた編集者、同人誌の同人たちの文学に対する熱気と気迫である。編集者と何時間も議論し、同人会では互いに忌憚のなく辛辣な批評をし、彼らの存在がこの大きな器の作家を真摯に育てたきたともいえる。こんな言葉を使いたくないが、健次も凄いが彼らもまた凄い。「顰蹙は買え」と商売として出版事業を採算ベースにのせていく「幻冬社」の見城徹氏もそのさえた技を認めざるをえないが、当時の文学にとりつかれた人々の心のありかたには、本書のテーマでもある「人間の生きる動機とは何か」を深く考えさせられる。こういう部分をきっちりと文字に起こしていくところが、高山氏らしい作風だとも思う。
これまでの著者の「水平記」「火花」の完成度の高い評伝に比較したら、「オール読物」に4年間に渡って掲載されたいたものを加筆訂正している成り立ちから、多少散漫な印象もしなくもないが、最終章に向かって健次の亡くなった時の文章は、淡々としながらも、彼の死を惜しむ著者の慟哭すら感じる。今年から、テルアビブ空港乱射事件の奥平剛士について取材をはじめているそうだが、評伝を書かせたら、今のあぶらののった高山氏の仕事はこれ以上望めないくらいに充実している。どうしても書かなければならないつきあげるかのような衝動が、健次そのもののように彼の中で嵐のように荒ぶるのであろうか。どうか、これからも丹念にお仕事をしていただきたい。

寺田博氏が予想したとおり、「文藝」で初の長編小説「枯木灘」が発表された。この本は、健次の作品の最高傑作だと私は思っている。

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水平記
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2013.12.15 Sunday

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コメント

枯木灘がお好きでしたら、是非、この作品についての蓮実重彦の評論をお勧めしたいです。構造主義的文化人類学の知識を基盤とした面白い評です。
2008/02/26 11:57 AM by waremokou
>waremokouさまへ

お久しぶりです。
蓮実重彦の評論のですか。蓮実さんは映画評論家だと思っていましたが、そんな批評もあったのですね。
しかし、その前にだいぶ忘れているので「枯木灘」を再読しなければなりませぬ。。。
中上健次の本を再読するのは、大変気が重いです。
2008/02/27 11:46 PM by 樹衣子

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高山文彦の「エレクトラ 中上健次の生涯」を読んだ!
高山文彦の「エレクトラ 中上健次の生涯」(文春文庫:2010年8月10日第1刷)を読みました。たしか発売されてすぐに購入し、読み終わったのは今年の初めだったように思います。ブログに書くのが遅くなったのは、押し入れの奥から出てきた「軽蔑」を読んで、それから廣木
(とんとん・にっき 2011/07/13 12:57 PM)

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