千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
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2013.12.15 Sunday

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2008.02.18 Monday

編集者と作家

昭和47年、暮れの近いある寒い日。午後6時を過ぎていた。御茶ノ水にある「舟」という喫茶店では、たった1杯のコーヒーで5時間も前から原稿用紙の分厚い束をあいだに、暗く思いつめたやせた男性が無精ひげをはやした労務者風の巨漢の男と対峙していた。
「この原稿は発表できない」
どうしても書かなければいけない素材でありながら、その素材の強さに文章が負けてしまっていて作品化する力がまだ満ちていない。若い編集者は、更に彼よりもひとつ年下の作家の卵に殴られるのを覚悟のうえ、鬼のように厳しいことを言い、この素材を10年間封印して作家として力を蓄えてから取り組むように説得した。

これは、私が今読んでいる盪格孤Щ瓩痢屮┘譽トラ」の冒頭の要約である。
河出書房の編集者である鈴木孝一は、中上健次の文壇デビュー作を担当して以来、ひと月に2〜3度もちこむ健次の小説をめぐって厳しいせめぎあいを続けてきた。原稿用紙の余白が真っ黒になるくらい鉛筆でチェックを入れて、書き直そうとするたびに主題がゆらぎ核心から筆が離れていった。そうして没になった作品が、20作。鈴木が編集長に、これを没にしたら彼の才能を潰しかねないと編集長に頼みこんでなんとか2作めを載せたのは、デビュー作の発表から2年たっていた。その1年後の情景である。

その昔、作家と編集者は濃密な関係があり、編集者が作家を育てていた。ところが、現在は、メールで原稿やゲラのやりとりが済み、ろくに議論をすることもなく1冊の本が仕立てあがってしまうそうだ。今の純文学は、村上春樹氏の小説以外は、そんなに売れていない。池澤夏樹氏などは最近月刊「プレイボーイ」などのような、短くても原稿料の高い効率のよいおシゴトにシフトしているという話だ。原稿料もここ20年ぐらい上がっていない状況では、純粋に文学ひとすじというタイプは流行らないようで、器用な劇作家やイラストレーター、ロッカーなどの副業作家で誌面をなんとか埋めていくしかない。そして、今年もまた芥川賞と直木賞の発表があったが、翌日の「文藝春秋」の全面広告を見た瞬間、なんともデキレースくささを感じてしまって読んでみたい気持ちがまるでわかないし、それに作家の名前も覚えられない。。。

そして文学談義で激論を交わす「文壇」もなくなった。
マラソンを趣味とする村上春樹氏は、間違っても文壇バーで深酒する無頼派のキャラではない堅実な作家である。ノーベル賞を受賞した大家である大江健三郎氏に至っては、ノーベル賞を受賞するための努力はしても、若い作家の面倒をみるタイプではない自己中心的な作家、というのがもっぱらの風潮。かって島田雅彦氏と激論を交わし、三田誠広氏を口論のすえ殴ってしまった中上健次で文壇は終わった。

結局、若き編集者と徹夜で肉体労働をおえてその足で喫茶店にやってきて、後に28歳で芥川賞を受賞する作家は、喫茶店「舟」が閉店する夜11時までねばった。改札口で別れて、それぞれ帰宅する正反対のホームに向かう途中、鈴木は急に立ちくらみがしてよろめいた。その時になって、初めて無我夢中になって夕食をとっていなかったことに気がついた。彼は、反対側のプラットホームにしょんぼりとたたずむ健次に声をかけた。
「ナカガミーっ、飯食うの忘れてたなあ。ごめんなあ、気がつかなくて」
「いいよ、いいよ」
健次はさびしそうに笑みを浮かべて小さく手を振ると、オレンジ色の電車が彼の姿をかき消してしまった。
JUGEMテーマ:読書



2013.12.15 Sunday

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23:17 | - | - | -

コメント

中上健次で文壇は終わった、ですか。
うーん、成程。
わかるような気がします…。

若手作家の冲方丁は、「業界が発展する上で大事なのは、人口増加です。/数人の『天才作家』を求めていられるほど、小説業界は裕福ではありません。/必要なのは、千人の中堅作家と、一万人の新人と、百万人の同人作家です」と自著で述べていました。
今の小説業界に足りないのは、たとえば漫画業界にあるような、こういったシステムなのかもしれませんね。
2008/02/21 6:08 PM by 渡辺
>本名ではない渡辺さまへ

こんばんは★
渡辺さんは、中上健次はお好きですか。
この方は、性格が多少幼児性向のある野獣ですが、作家としての才能は確かにありました。
文壇を牛耳っていた丸谷才一はあまり好きではないですし、「文壇」も善し悪しあると思いますが、吉行淳之介のように「文芸の人事部長」がいなくなってしまうと、人間関係の希薄を感じますね。

>冲方丁は、「業界が発展する上で大事なのは、人口増加です。/数人の『天才作家』を求めていられるほど、小説業界は裕福ではありません。/必要なのは、千人の中堅作家と、一万人の新人と、百万人の同人作家です」と自著で述べていました。

確かに!!冲方丁さんは、渡辺さんのお気に入り作家でしたね。
でも、層が厚く、質も高く、内容も濃い漫画業界に小説業界は負けている(喰われている)のだと思います。昨今の小説の中身の薄さに原因もあると思いますが。
2008/02/21 11:44 PM by 樹衣子

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