千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
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2013.12.15 Sunday

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2008.01.12 Saturday

『パフューム ある人殺しの物語』

ぱ「香りをきく」という表現を私は好む。匂いは嗅ぐ、香りはきくものだ。
その”香り”をサイモン・ラトルが指揮するベルリン・フィルハーモニーが演奏している。これは、是非とも”聴きたい”。『パフューム ある人殺しの物語』は、私にとっては視覚的に香りを聴く映画ともいえよう。

1738年7月17日。パリのセーヌ河にある魚市場。この活気ある場所は、パリで最も悪臭に満ちている。この市場にある魚屋で働く汗にまみれた女が、魚を並べた台の下に、ひとりの嬰児を産み落とす。捨てられた魚のはらわたの中で、奇跡的にも産声をあげた男の赤ん坊は捨て子を育てるマダム・ガイヤールの育児所に売られて、命拾いをする。そもそもパリの裏街は汚い、いや汚かった。香水は不潔なヨーロッパ人が体臭をごまかすために発展した。そんな話を思い出したが、まず、ここまでリアルに中世のパリの街を再現した映像が醸し出す濃厚な香りに、思わず顔をそむけたくなる。


ぱやがてグルヌイユと名づけられた赤ん坊は13歳になると、わずかな金で皮なめし職人グルマルに売られていく。毎日悪臭にまみれて黙々と働き、青年になったジャン=バティスト・グルヌイユ(ベン・ウィショー)は、配達の仕事をまかされ新しい世界の扉を開けることになった。街を歩くと、多くの香りと匂いを貪欲に嗅ぐグルヌイユ。牡蠣、白粉、煮豆、シルクの襟、足元に広がる泥の雫、さまざまな香りで織りなされる豊饒な海に、彼はかってないほどの幸福感を味わう。
しかし、もっとも強烈にひかれたのが、プラムを売る赤毛の少女の匂いだった。ただひたすら彼女の香りを求めていき、とうとうグルヌイユは誤って彼女を殺してしまった。失われていく命とともに、手の中から喪失していく彼女の”香り”。
やがて、彼は天才的な嗅覚を調香師としていかしながら、自分の究極の役割は彼女の香りを永遠に封じ込めることだという執念にとりつかれていくのだったが。。。

要するに、この映画は”香り”という抽象的な概念を、ひとりの天才的な嗅覚をもった人間の哀しみで描いている。
物語の中ばで、グルヌイユが蒸留法を学ぶためにグラースへ行く山越えで、石しかない洞窟で自分には体臭がないことに気がつく。彼は、ここで誰にも気づかれない”無”でしかないと悟る。生まれついて、生母は生きた赤ん坊である自分を捨てた罪で絞首刑になっていた。無論、兄弟も友人も彼にはいない。すべてのものを、”香り”で、その存在を確かめてきた彼は、体臭がないことを嘆き悲しむ。前半から後半への橋渡しとなるここでの場面は、哲学すら感じられて説得力がある。
後半、香りを脂に移す方法を学んだ彼は、最高の香水を調香するために、次々と美少女を求めていく。



ぱ人は赤ちゃんの時のミルクの臭から、思春期をこえ、やがて加齢臭などというジジくささを身につけて、朽ちていく。殿方にとって、最高の美味しい香りは、処女の美しい体から発散される体臭。このへんの発想は、むしろ平板な印象もある。汚い路上や、高価な家具に囲まれた室内で、少女の清潔な白い全裸が映像に次々と映しだされていく。最後のターゲットとして狙われる裕福な商人の愛娘ローラ(レイチェル・ハード=ウッド)の綺麗な顔立ちと波打つ赤毛、貴族たちがドレスを着て集う誕生会と夜の庭。


ぱまるでグリム童話のような世界だ。ベルリンフィル演奏する音楽が、静かに哀調をおびて流れ、官能の香りをたちあがらせる。いみじくも香りは音楽に似ていると思う。どちらも目に見えない抽象性をもち、その人の感性にゆだねられるハーモニーだ。
グルヌイユの唯一の師となるバルディーニ(ダスティン・ホフマン)が、香りは音符と和音と言っている。
「慎重に選んだ4つの香料・・・”音符”がハーモニーを奏でる。
香水は3つの和音から成る。ヘッドとハートとベース。全部で12種類の香料が必要。
ヘッドは香水の第一印象、ハートはその香りの主題、ベースの和音は残り香」

音楽もそうだが、ただひたすら綺麗な旋律を並べただけでは、中身が空虚で残らない。香りも予想外な音符もいれる。


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「排せつ物からバニラの香り」イグ・ノーベル賞に日本人
人を笑わせる研究で科学への関心を高めた功績に贈られる「イグ・ノーベル賞」の授賞式が4日、米マサチューセッツ州で開かれ、日本人研究者の山本麻由さんが化学賞を受賞した。ロイター通信が伝えた。 山本さんは国立国際医療センター研究所の元研究員。牛の排せつ物からバニラの香りの成分を抽出した研究が受賞理由となった。
イグ・ノーベル賞はハーバード大系のパロディー科学誌が贈呈する毎年恒例のイベントで、医学や物理学、平和などの計10部門がある。07/10/5共同通信

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衝撃と伝えられる最後の処刑の場面は、寓話を嫌う私にはに衝撃よりも”笑劇”にうつったが、折り重なった裸体のグロテスクな印象は斬新である。映像の表現に、まるでかってかいだことのない新しいエロスの香り包まれたような驚きに満ちている。そしてラストの饗宴。この強烈な饗宴の残り香は、ずっと残るだろう。
冒頭の凝りに凝ったパリの街の悪臭を再現した監督の意図を、ここでようやくはっきりわかる。処刑台に立ち尽くすグルヌイユの心にうかんだ最初にあやめた赤毛の少女との、もうひとつの行為のもはや叶わぬ願望、そして自ら愛の処方箋である最後の香水を自分の体にふりかけるグルヌイユ。かくして自分に体臭のないことを悲嘆した男は、文字通り”無”に消えていった。
映像の完成度は高く、ユニークな映画に仕上がっている。

監督:トム・ティクヴァ
音楽:サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー
2006年ドイツ・フランス・スペイン

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2013.12.15 Sunday

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18:46 | - | - | -

コメント

牛のアレからバラの香りですか・・・技術的な凄さよりも、何でそんな発想をしたのかの方が興味を惹かれますね(笑
この映画、もう少しファンタジーの方へ振れば異色のフォークロアとして優れた作品になったと思いますが、現状ではリアリズムとファンタジーの間で少々中途半端な出来ばえに感じます。
前半と後半の印象の違いは最後まで気になってしまいました。
もっとも嫌いな映画ではないですけどね。
2008/01/13 5:04 PM by ノラネコ
ノラネコさまへ

>牛のアレからバラの香りですか

薔薇ではなく、バニラなのですが・・・なんとなくうなづけませんか!?(笑)

>もっとも嫌いな映画ではないですけどね。

私もけっこうこの作品が気に入りました。醜悪な場面も、意味があります。こんな個性的でユニークな作品を観ることは、自分の感性を磨いてくれそうで、私には必須項目です。
ダスティ・ホフマンもあいかわらず名演でしたね。
それでは、映画史の第二幕を。。。
2008/01/13 9:02 PM by 樹衣子

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