千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
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2013.12.15 Sunday

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2007.10.25 Thursday

「チャイコフスキーの家博物館」おろしや国訪問記

ちゃい多分、私がこれまで最もよく聴いている曲は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ではないかと思う。
その大好きなチャイコフスキーが晩年を過ごした家が、現在「チャイコフスキーの家博物館」(ОСУДАРСТВЕННЫЙ ДОМ-МУЗЕЙ П.И.ЧАЙКОВСКОГО)として当時のままに保存されている。

10月23日の早朝、モスクワ空港からサンクト・ペテルブルグに向かう道を90キロ、1時間強ほど車で走ってクリン市郊外にある「チャイコフスキーの家博物館」に到着する。チャイコフスキーは引越し魔だったそうだが、森に囲まれたこの家を大変気に入り、1985年に転居して晩年を過ごした。10時開館のところを30分ほど早く着いてしまったため、現地ガイドのナターシャが交渉して、早めに開館していただき見学する。

贅沢を嫌ったチャイコフスキーらしく、こじんまりとしているが素敵な家である。正面玄関を開けるとそのまま食事部屋になっているのだが、玄関ではなく、チャイコフスキーがいつも出入りしていた横にある入口から入室した。面会時間を指定したプレートがドアにかかっているのが、生真面目なチャイコフスキーらしさを感じられる。だからというわけではないが、室内の清潔さと保存のために、フェルトのスリッパを靴の上からはかされる。(このスリッパは、ボランティアのあばちゃんたちが洗濯しているそうだ。)



ちゃい2階の作曲したり、読書や友人と会談した一番広い部屋には、当時彼が使用していたドイツ製のグランド・ピアノが晩秋の淡い光を照らして穏やかに光っている。有名な交響曲第六番「悲愴」が生まれた部屋でもある。このピアノは、彼の誕生日と命日、またチャイコフスキー国際コンクールの栄えある入賞者だけが弾くことが許される・・・とガイドブックなどには記載されていて、思わず厳粛な気持ちになったのだが、実際はご近所の学校の音楽教師が来て観光客のためにピアノを弾いちゃったりすることもあるらしい。(添乗員談)その笑えるいい加減さがロシア的なのだが、読書家だったという彼の蔵書やファンからの手紙に返事を書きまくったために手紙魔と言われている愛用の机、毎日使用していた手のむくもりを想像されるステッキ、写真嫌いの彼の貴重な写真やあまり似ていない父や家族の写真などを眺め、窓外に広がる美しい景色に感慨にひたっていたところ、実にタイミングよくチャイコフスキーの名曲「感傷的なワルツ」の音響の悪いピアノ曲が流れる。すると、いきなりパチッという音ともに電気が突然切れてしまった!理由は不明だが、昔は電気がなかったのでこんなもんですよという説明?をされ、少しうす暗くなった室内をガイドの案内に従って移動する。確かに、夜は蝋燭をともしたかもしれないが、昼間のうっすらと暗い室内の窓から眺める戸外の景色が逆に瑞々しく映える。

現在は住宅が何棟も建っている隣の敷地は、かっては森だったそうだ。チャイコフスキーは、毎日午前中の4時間、森の中を散歩をすることを日課としていた。彼が作曲したのは、ピアノの前でも机の前でもなく、散歩をした森の自然の中だったのだろう。庭には、チャイコフスキー国際コンクール入賞者による樹が植えられていて、1958年第1回目で優勝した米国人ピアニスト、ヴァン・クライバーンが植樹した樹が大きくなっていた。近年はコンクールの歴史とともに植樹用の敷地が手狭になり、ゴールデン地帯からはじっこに樹を植えるようになったそうだ。庭の真中には、まるで日本人向けの写真撮影のためかのように、散歩の途中にベンチで読書しているチャイコフスキーのブロンズ像がある。(写真撮影は有料で、100ルーブルをチャイさまのために献納しなければいけない。)



ちゃい入口にあった資料館でお土産用の楽譜を購入。
見学後の昼食は、近所のやりてという牧師さんが経営する教会のレストランで、手作りのピロシキの食事をする。ビールが50ルーブル程度と安く、食事も素朴だが美味しく満足。また給仕をしてくれた女性が、典型的なロシアのお母さん風の体型と風貌で、スープを一皿ずつこぼさないように慎重に運んでいる姿に思わず微笑んでしまった。
平日のためか、来訪者も少なく静かなこの街も、来週には雪が降り、本格的なロシアの長い冬がはじまる。

ちなみに左の白黒写真は、チャイコフスキーが住んでいた当時の家だが、博物館の館長になった甥がその後増築したために、現在はもう少し広くなっている。



2013.12.15 Sunday

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23:44 | - | - | -

コメント

こんばんは。写真に臨場感がありますね。エルミタージュですから絵のお話が最初かと思っておりました。チャイコフスキーといえばピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲ですが、どちらも献呈しようと思っていた人から演奏不可能の烙印を押されてしまった悲しいできごとがあります。それほど技術的にも音楽的にも革新的だったのでしょう。死因もミステリーめいていますね。昔は両曲ともよく聴きましたが、ここ10年間は聴いておりません。このような旅をされるといっそう曲への思いが募るでしょうね。旅の効用ですね。
2007/10/26 10:53 PM by calaf
>calafさまへ

>エルミタージュですから絵のお話が最初かと思っておりました

実は、そういう予測を裏切るのが好きなのが私です。

>それほど技術的にも音楽的にも革新的だったのでしょう。

今でも難曲として有名ですね。
Vn協奏曲の方は、大学生になるまで弾かせてくれない先生もいらっしゃるそうです。
今回、エルミタージュ美術館で学芸員のレクチャーを受けて思ったのですが、
素晴らしい画家は、常にその時代においては革新的でした。音楽もそうだと思います。

>旅の効用ですね。

その効用を期待してロシアにまで行きましたものね。嗚呼、幸福な日々でした。
2007/10/27 12:27 AM by 樹衣子
こんにちは。チャイコフスキーは何度も聞くと飽きてきますが、時々無性に聞きたくなる作曲家です。ロシアは今は行きやすいのでしょうか。なんとなく仮想敵国ソ連のイメージを持ったままでしたが、チャイコの家は一度見てみたいものです。私はトリオとかカルテットとかの郷愁にあふれた感じのところが特に好きですよ。
2007/11/11 7:32 AM by iorinx
>iorinxさまへ

私は、チャイコフスキーは、ロシアの演歌だと思ってます。^^
あきるというのも、そのくどさゆえかも知れませんね。でも、時々ロシア版ど演歌にどっぷりとつかりたくなりますよね。

>郷愁にあふれた感じのところが特に好きですよ

これは、知性的というよりも泥臭いロシアの大地を連想します。それがチャイコフスキーの魅力のひとつでしょうか。

>ロシアは今は行きやすいのでしょうか。

行きやすいとも言えるし、いまだに行きにくいとも言えますね。今日のブログを宜しければご参照くださいませ。
2007/11/11 9:13 PM by 樹衣子
演歌ですか。まさにそうですね。独特のコブシ回しっていうんでしょうか。あの味はなかなか他民族の人には出せないかと。


>行きやすいとも言えるし、いまだに行きにくいとも言えますね。今日のブログを宜しければご参照くださいませ。

ありがとうございます。とても参考になります。
2007/11/13 2:11 PM by iorinx

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