千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
旧館の「千の天使がバスケットボールする」http://blog.goo.ne.jp/konstanze/

<< July 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

<< 『エルミタージュ幻想』 | TOP | 業務連絡 >>

2013.12.15 Sunday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


| - | - | -
2007.10.14 Sunday

「プライドと情熱」ライス国務長官物語 アントニア・フェリックス著

ぷらライス国務長官をテレビで観るたびに、私はその姿に不思議な美しさを感じていた。「美しい女性」というのとは違う。
肌の色、もう若くはない年齢、おせじにも端正とは言えない顔立ちにも関わらず。
本書を読むと、その根拠に納得がいく。巻頭にフィギュア・スケートをしている10代の白黒写真が載っているが、まるでバービー人形のように脚が長くて綺麗で、スタイルが素晴らしくよいっ!!米国人にしては上品で洗練された服装が、スタイルのよい彼女によく似合っている。けれども重要なことは外見ではない。優雅なものごしと繊細さすら感じる声、そして冷静さにかくされたプライドと情熱を秘めた圧倒的な知性が耀きに、美しさのオーラとなり、それを感じたのだった。

本書は、原題の「THE Condoleezza Rice STORY」が示すように、現在米国の国務長官という要職を担うコンディのルーツからこれまでの半生の物語である。

「私の肌は黒いけれど、いつかここに住むわ」
10歳で初めてホワイト・ハウスの前にたった少女は、それから25年後、パパ・ブッシュ大統領のソ連担当部長としてホワイト・ハウスの住人になった。
このエピソードはあまりにも有名であるが、その背景は意外と知られていない。牧師の父と音楽教師の母が夏休みに入ると、他の多くのこどもたちのように人種隔離されていた遊園地やイエロー・ストーン国立公園に連れて行くのではなく、毎年愛車で有名大学のキャンパスを訪問する旅行をしていた。そこはアメリカでのチャンスを保証する、並木のある素晴らしい聖域が広がっていた。そして途中、ワシントンDCまでドライブしなければホテルに泊まらなかった。
「ウルワースでハンバーガーを食べられなくても、大統領にはなれる」とコンディに確信させた両親の教育こそ、今日の彼女の基礎を築いた。私は、娘への”甘美な愛情”をたっぷりとふりかけた両親の教育に瞠目する。

一点豪華主義、これは一人っ子政策を選択する日本人夫婦にもあてはまるが、イタリア語の”甘美に”を語源にしたコンドリーザの両親も、音楽、スポーツ、語学、読書を通じた西洋の教養など、育児のすべてのエネルギーを優秀な一人娘の教育につぎ込んだ。幼いこどもを育てるというよりも、それは教育である。それは、率直な感想として、失敗したら異常とまで責められてしまうレベルだ。音楽家にするために、3歳の頃から集中してピアノの練習をすることを日常生活に組み入れ、娘の才能に自信をもつ母親は、飛び級を認めない小学校の就学前の一年間、仕事を休職してまで規則正しく厳しく、ホーム・スクーリングを実行した。小学校に入学してからは、社会的な視野を広げるために、いくつかの公立学校に転校させる。勿論、厳選された本の読書も欠かせない。両親からあらゆるブック・クラブに入会させられたコンディは、娯楽としての読書の素晴らしさを知らずに育ったと言わせるほどだった。
彼女の経歴は、米国が人種差別撤回への最初の門扉を開いた歴史に重なっている。つまり黒人に開かれた最初の扉を開けたのが、コンディであり、また女性として白人男性の聖域に最初の一歩を踏み入れたのも彼女である。人種融合の象徴というシンボルを彼女は好まないが、やはり黒人に生まれたことは重要である。両親は、白人のこどもと同じ土俵にたつには「二倍素晴らしい」、更に彼らを超えるには三倍の素晴らしさを必要とする、というのが教育方針だった。おかげで彼女はものごころがつく前から、自然と努力することが身につき、また優秀な頭脳が努力を自然に受け入れ、純粋培養された。


よー一人っ子で育つということは、特に父親から息子的な素養も期待される。コンディは、フットボール・チームのコーチだった父から、4歳の頃から日曜の午後はフットボールを観戦し、ルール、プレイ、戦略など詳細なる解説を受けて育った。後年、このスポーツに関する圧倒させる豊富な知識と情熱は、有能なBFづくりに役立つだけでなく、スタンフォード大学で、軍事、国家安全保障、外交政策の教鞭をとる時にも、「フットボールは戦争と同じで陣地をとりあうもの」とフットボールとの類似性で国家戦略をわかりやすく語り、学生から好評をえて、1984年、教職者として最も名誉ある最高位のウォルター・J・ゴァーズ賞を受賞した。
講義を受講した女子生徒には、まるで内容が男性のような印象を受けたという違和感も感じた人もいるようだが、母親にとってはピアノをプロ級の腕で弾く優雅さと知性をそなえた理想の一人娘であり、父親にとってはスポーツに詳しく一緒に熱中できる出世コースを驀進する自慢の一人息子、という作品がCondoleezza Riceである。

ノックアウト・マウス作成技術を開発して今年のノーベル賞を受賞したひとり、イタリア出身のマリオ・カペッキ氏は、3歳の時に母親がゲシュタポに逮捕され、4歳半でホームレスに。9歳の誕生日に収容所から生還した母親が探し当てた時は栄養失調で病院のベッドの中だった。3週間後に英語を全く話せないまま、渡米して生まれて初めて学校に入学した経歴を考えると、コンディの育ちは素晴らしい両親に恵まれていて理想的とも言える。
家庭環境があまりにも対照的なふたりだが、チャンスに満ち、チャレンジできる国が米国であるとしみじみ感じた。
(この項続く予定・・・)



2013.12.15 Sunday

スポンサーサイト


12:25 | - | - | -

コメント

コメントする









この記事のトラックバックURL

トラックバック機能は終了しました。

トラックバック

▲top