千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
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2013.12.15 Sunday

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2007.09.28 Friday

「柿たち」Persimmons

「子供は一家に一人」「一人よりたくさんの子を産むのは豚と犬だけ」
そんな赤い文字をでかでかと家に大書された老大は、妻の腹がふくれると親戚の家を転々として身をひそめ、罰金をはらうために大きな借金を背負って、三人の娘に恵まれてから、やっとのことで息子が生まれた。その誕生から百日目、老大は山羊と二匹の子豚をつぶして宴をはり、宴会が終わると妻は診療所に行かされ、勝ち誇ったように不妊手術を施された。
幸福な5年が過ぎ、老大は春節の前日に、県城市に赴き、そこで17人の男女を殺害して処刑された。彼が凶行に及ぶ前に、妻はすでに農薬を飲んで亡くなっていた。
農民たちは干ばつの続く空を見上げ一日中ぼんやりと煙管をふかせながら、口々に老大を英雄とたたえ、亡くなった妻を”好女人”とほめる。
彼らが座る槐の老木の影の先には、日照り対策のために彼らが熱心につくった貯水池が見える。そこには、たとえようもなく深く悲しい怒りと絶望の物語が沈んでいた。。。

つなさんお薦めのイーユン・リーの短編集「千年の祈り」の中で、とりわけ私の心をつかんだのが「柿たち」である。
殺人後、すぐに自首して西瓜のように頭がふっとんで処刑された老大を邂逅する農民たちの会話を中心に、そのような結末に至った悲劇を少しずつあかしていき、静かにはるかなあきらめのうちに幕が閉じる。
ここで思い出したのが、光市の母子殺害事件である。

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「自ら命で償いを」 光市母子殺害 遺族が意見陳述

山口県光市・母子殺害事件の差し戻し控訴審公判は二十日、広島高裁(楢崎康英裁判長)で遺族二人の意見陳述があり、本村洋さん(31)は被告の元少年(26)=事件当時(18)=を前に「君は自ら命をもって罪を償わなければならない。わたしは死刑を望みます」と訴えた。
この日で実質的な審理は終了。十月十八日に検察側、十二月四日に弁護側がそれぞれ意見を述べ、結審する予定。
本村さんは、元少年と弁護団が殺意や乱暴目的の有無を争っている点に触れ「遺族としては不可解。これまで起訴事実を大筋で認め、反省しているとして酌量を求めていたのはうそだと思っていいのか」と問い掛けた。
その上で「言葉が全く心に入ってこない。ここでの発言が真実ならば、この罪を生涯反省できない君に絶望する」と述べ、二〇〇一年十二月に同高裁の法廷で意見陳述した際と同様「君の犯した罪は万死に値する」との表現で死刑判決を求めた。
本村さんの妻弥生さん=当時(23)=の母親は、元少年の供述を「創作された話の筋を覚え込んだと思わざるを得ない」とし、「(元少年に)反省の態度は見当たらない。極刑しかない」と、声を震わせ話した。(07/9/21朝日新聞)

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遺族の本村さんは、当時23歳の若い夫と父として、最愛の妻と娘を理不尽にも殺された。
当時の哀しみと犯人への怒りをあらわにしたインタビューの映像は、まだ記憶に残っている。この事件が注目をあびるのは、事件の凶暴性だけでなく本村さんを中心とした遺族側の犯人への死刑を求める発言と講演・執筆活動による運動と対する人権派なのだろうか、21人もの弁護団による元少年への弁護、犯人の報道されている弁護やこれまでの言動である。しかしこの事件でもっとも重要なことは、少年を含む加害者の死刑制度の是非になるのではないだろうか。
本村さんの論旨は、最初から説得力があり裁判での意見陳述には誰もが胸をうたれるだろう。以前から少年法の改正(改悪)を唱えていた「週刊新潮」が先鞭をしながら、本村さんご夫婦の著書も出版され映画化もされた。これもひとつのプロバガンダだとしたら、人々の心には充分に届いていることだろう。
だが、ここでは死刑制度の是非と総勢21人もの弁護団のあり方、マスコミ報道についてはふれない。

本村さんは、犯人が刑務所から出所したら自分の手で相手に報復することを明言していた。ただただ私が感じるのは、体験者でしかわからない想像をこえる哀しみと怒りである。
しかし、完全ではないにしろ日本の司法制度と法律、社会制度は、国民としてまだ信頼するにたる。この国は、まだ大丈夫。
老大には「絶望」と、農民に残されたのは「諦念」だった。そして妻のとった行動の意味を理解すると、復讐が許されてしまう国もあることを考える。

*つなさん情報によるとNHK(30日)の「週刊ブックレビュー」という番組で「千年の祈り」が紹介されるそうです。
つなさん、サンクス★



2013.12.15 Sunday

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11:31 | - | - | -

コメント

感情カタルシスとプロパガンダですね。この話は、僕も凄く悩みます。ただ忙しい中で聞くと、間違いなく木村さんにシンパシーを感じてしまうし、その論旨も明快で共感に足る。僕も妻と子供を殺されたら、自分の手で復讐する可能性が高いと思う。

けれども、だから死刑が正しいというのは違う。ミクロとマクロは違うのだ。僕はまだ仕組みがわかっていないので、死刑制度に反対賛成は言えないが、ただ文明は直接の報復を人の手から奪うことで近代を成立させているので、その複雑さを表に出さないマスコミには、やはりどうしても疑念を持ってしまいます。

この話は、感情的には批判するのが難しいので、何ともいい難いです。
2007/10/01 4:01 AM by ペトロニウス
死刑制度に関しては、司法にたずさわる専門家の間でも賛否両論あり、大変難しい問題だと思います。

>ただ文明は直接の報復を人の手から奪うことで近代を成立させているので

そこなんですよね、私にとっては、死刑制度を今だに残す日本は
近代国家と言えるのだろうか、と疑問をもっています。
個人の感情と整った近代国家の司法制度のかねあいも難しいものです。

本村さんの記者会見や意見陳述を聞いていると、
本当に考えて考え抜いて必要にして簡潔で核心にせまる発言にいつも感心します。
あの日から、一日も忘れることのない歳月の重みすら感じます。
また大切な家族を凶悪な方法で奪われたその怒りと哀しみに、誰もが共感するでしょう。
が、メディア側のこの裁判に関する一部週刊誌などの報道のあり方には、バランスに欠けていると感じています。
今や、死刑制度反対などと公言できない雰囲気すらあります。
もう少し深く国民全体で、この事件をきっかけに死刑制度をほりさげて考える
先鞭となる報道のあり方、記事の書き方もあってよいのでは。
話がそれてしまいましたが、そんなことを考えています。
2007/10/01 10:46 PM by 樹衣子

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