千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  
旧館の「千の天使がバスケットボールする」http://blog.goo.ne.jp/konstanze/

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2008.05.26 Monday

小林美恵&荘村清志デュオ「舞曲」〜ラ・フォリアからピアソラへ〜

ぶきっかけは、たった1回の共演。
昨年、ピアソラの一曲だけを小林美恵さんと演奏したギターリストの荘村清志さんは、背筋を正されたような衝撃を受けたそうだ。
「この人と演奏していると自分が高められる」
そんな思いで実現した、ちょっと大人向けの粋なヴァイオリンとギターのデュオ・リサイタルの「舞曲」。

荘村清志さんの還暦記念コンサートのための催しなんだが、楽器の性格上、ギターは伴奏役。同じような弦を張っている楽器なのだが、ヴァイオリンが楽器の女王さまのように華麗で表情豊かに歌うのにあわせて、ギターはあくまでもそんなヴァイオリン姫にやわらかくあたたかく、時々情熱をこめて寄り添っていく。しかも、曲はコレルリの「ラ・フォリア」にはじまり、ピアソラの「タンゴの歴史」に至るまで、舞曲、舞、ダンス。


舞曲1900年にロン・ティボー国際コンクール(ヴァイオリン部門)に日本人として初めて優勝して脚光を浴びた小林美恵さんは、その輝かしい受賞歴ながらも比較的地道に演奏活動を積んできたベテラン。「秘めたる情熱」とは、この方にふさわしい。一見、色白で華奢な小林さんは、小学校のセンセイのような真面目で誠実な印象である。その印象どおり真面目で誠実な音楽なのだけれど、芯の強さとしなやかさ、そして情熱を感じさせられたのが今日の演奏。
私のとても好きな曲「ラ・フォリア」では、古典の枠をこえ、映画の『レッド・ヴァイオリン』の最初の場面を思い出させるような、憂いの中にも狂詩曲の情念が漂い、これまでの小林美恵さんのセンセイのイメージを打ち破られた。
ラヴェルの「ハバネラ」は、フランス風の洒落た雰囲気と遊びこころを漂わせながら、きっちりと仕上げる点が、実力者らしい。ハンガリー舞曲は、ギル・シャハム以上の演奏は存在しないので感想は控えるが、バルトークの「ルーマニア民族舞曲」まで、荘村清志さんとの息はぴったりである。
余談ながら、朝日ホールの舞台脇の壁に、おふたりの姿が反射してぼんやりと映っていて、なかなか興が深い。
ファリャの「はかない人生」は、意外にも、と言ってたら失礼だろうか、そこはかとなく色気のある演奏で、この日一番のできだったと感じた。
後半は、権代敦彦さんの委嘱作品(初演)「Mae Nam Khong」水之母である。
メコン川のことらしいのだが、壮大なスケール感もあり、抽象的で哲学的ながら複雑な水の音や泡、流れを感じる曲である。
ところで、ロビーでひときわめだった年齢不詳の小柄な不思議な男性がいた。体の動きがしなやかで、舞台の役者かダンサーか、と妙にクラシックの演奏会ではういていて気になったのだが、なんとその方が、作曲家の権代さんだった!多分、フツーに街を歩いていても、なんとなくゲイジュツカってわかるだろう。


ぶまたこれまで、男性だけの踊り場として認知されていた感のある後半のピアソラ。
女性だって、渋くかっこよくピアソラを演奏できるんだぞ、というちょっと喝采したい気分になった。もっとも、伴奏が還暦を迎えて円熟した荘村清志さんのギターのおかげもあるけれど。このデュオの益々の活躍を期待したい。


********2008年5月25日(日)14時 浜離宮朝日ホール **********
《小林美恵&荘村清志デュオ》 【舞曲】
〜ラ・フォリアからピアソラへ〜
 
コレルリ:ラ・フォリア
ファリャ:「はかない人生」〜スペイン舞曲
ラヴェル:ハバネラ
ブローウェル:舞踏礼賛
チャイコフスキー:感傷的なワルツ
武満 徹:「他人の顔」〜ワルツ
ブラームス:ハンガリー舞曲 5番
バルトーク:ルーマニア民族舞曲
権代敦彦:Mae Nam Khong(初演):委嘱作品
      〜mother of water〜水之母
ピアソラ:言葉のないミロンガ
ピアソラ:タンゴの歴史  酒場1900/カフェ1930/ナイトクラブ1960/現代のコ ンサート


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2008.04.10 Thursday

クラシック音楽家の台所事情

今年も桜が咲き、新入生がキャンパスにやってくる季節だ。
「博士号は足の裏についた米粒みたいなものだ。取らないと気になるが、取っても食えるわけではない」
おそらく理系の大学院に進学して研究者になる夢をもって入学してくる学生は、先輩から白楽ロックビル先生の理系白書「博士号とる?とらない?徹底大検証!」をすすめられるだろう。せっかく優秀な頭脳と地道な努力をもって大学院で博士号をとっても国内では就職難民。親にとっては大変な不良債権である。
その債権はまさに音大並?!

研究するピアニスト青柳いづみこさんの近著「ボクたちクラシックつながり」(ピアニストが読む音楽マンガ)を読了したのだが、実におもしろかった。のだが、最終章の「ピアニストは本当に不良債権か?」という楽章で、クラシック音楽家の台所事情が紹介されていて、ある程度想像がついているとはいえ、なんともせつなくなってしまった。
昨年3月「週刊東洋経済」にのだめブームの影響だろうか「才能・努力だけで食えない クラシック音楽家事情」が掲載された。06年度の短大を含む音楽系の入学者は6016人。学費はご存知のとおり東京藝術大学音楽部では4年間で300万弱と一般の国立大学並だが、私立大学では1000万円。ご入学される前の個人レッスン代、交通費(場合によっては宿泊費)や楽器の購入費に関しては、みなさんご存知でしょうから省略しておく。続いて驚いたのが、「週刊東洋経済」の記事によると国際的に活躍するプロを育てた海外の音大や大学院の1年間の留学費は550万円程度!(よく聞く給費留学制度や奨学金もあるだろうが)・・・4年間で最低2200万円。勿論、留学経験なしで国際的なコンクールに優勝した音楽家もけっこういらっしゃる。さらにさすがに「週刊東洋経済」、日本のクラシック演奏家の収入ピラミッドも掲載されていたそうだ。

日本音楽コンクール優勝、もしくは海外の有名コンクールで上位入賞者(清良タイプ)のレヴェルで1ステージのギャラが税込みで50万円程度。(1回1000万円のギャラをもらうキーシンやブーニンは特別。)確かに20ステージこなせば年収1000万円を超えるかもしれないが、実際演奏で年収が1000万円超の人気演奏家は、たったの数十人。だから清良は帰国しても、しばらくはコンクール入賞者としてのシゴトはあるかもしれないが、そこからさらに美人という付加価値を維持しながら活動をとぎらせることなく続けなければいけないのだ。綺麗なドレスも必要経費。
300〜1000万円のN響以外のメジャーな交響楽団の団員、小さなオケの団員やフリーは300万円以下。ほとんどゼロの人が2万人・・・。何度も読み直したが、演奏による収入ではなく”年収”となっている。実際は、個人レッスンや音大の非常勤講師、スタジオなどのバイトでもっと収入があり、一般サラリーマンより収入の多い方、夫婦共働きで生活にゆとりのある方もたくさんいらっしゃると思うが、私もかねてから音楽家がどうやって食べていっているのか謎だった。

さらに自主公演でホール5〜700人程度のキャパでリサイタルをひらいた場合、ホール代、チラシ・パンフレットなどの諸経費が200万円程度で、1枚4000円のチケットをほぼ完売してなんとか収支がプラマイゼロ、つまり赤字覚悟が常識。CD制作は500枚が買取の条件で、印税は3%なので1万枚売れないとみあわない。ところがクラシックのCDが、1万枚売れたら事件になるくらいだから、当然大出血。そういえば、小説のモデルにもなった人気ヴァイオリニストの天満敦子さんもいい年してずっと父親の健康保険に入っていたと「わが心の歌」で書いていたな。「のだめカンタビーレ」の峰君が、自営の食堂で出前もちをしている図が音大の卒業生のごく普通の進路。本当に食えない職業なんだ。

そして最後に「週刊東洋経済」では、
クラシック音楽家は、(中略)経済性だけから見ると極めて”投資”効率の悪い職業といえるかもれないと結ばれている。
それはわかっている。あくまでも経済的な投資からすれば、回収不能な不良債権。しかし、ピアニストのアレクサンドル・タロー氏によると一日中夢の中にいることをゆるされるのも音楽家。やっぱり音楽好きには幸福な職業だと思ってしまう。
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2008.02.09 Saturday

「あの歌声を再び〜テノール歌手ベー・チェチョルの挑戦〜」

ぱ昨夜、金曜日週末にも関わらず?呑み会もなく自宅で読書をしていると、家族の健やかな大音量のいびき声(さっさと、布団に入って寝ろ)とともに聴こえてくるのが、テノール歌手の歌。この声もいびき声に負けずに豊かな声量ではないか、そしてなんと言ってもテノールなのだが、あかるさだけでなく叙情的な重さがあり誰もが思わず耳を傾けてしまう声なのである
その声の持主が画面に映っているノーメークのデーモン小暮さん(←あくまでも推測)のような顔立ちの韓国人であることに、まず興味をひかれた。近年、日本人に並ぶくらいクラシック音楽界での韓国人の方の活躍はめざましいものがあるが、鍵盤楽器や弦楽器の分野ではいざ知らず、世界に通用する日本人のオペラ歌手がまだまだ少ない事情を考慮すると、外来アーティストであえて同じ東洋人である韓国人のオペラ歌手の歌を聴きたいとも思わないのが、率直な感想である。
私のような日本人が多いのだろうか、韓国人という点で集客力の懸念から積極的なリサイタルはあまりないが、韓国人の優秀な歌手が育ちつつあるのは事実である。

声の持主である韓国人歌手は、べー・チョチョル(Bae Jae−chul)さん。
彼を紹介するナレーションが続く。まだ歌手としては充分に若いベーさんは、2005年甲状腺癌の摘出手術によって声(番組では、「アジアで100年にひとりの逸材と言われた声」と紹介されていた)を失ってしまった。

ベーさんは、イタリアのヴェルディ音楽院を修了後、欧州の声楽コンクールで優勝した後に、ハンガリー国立歌劇場、パルマ市立歌劇場、マドリッド・オペラハウス、デュッセルドルフ・ライン歌劇場で主役を歌う。まさに舞台経験を積んでいる途上で不運にも歌手にとって命である声帯の病にかかった。住んでいるドイツで手術をした当初は、1ヶ月で復活するという説明だったそうだが、声がかすれてしまった。原因は、手術によって声帯をコントロールする神経が切断されていたことによる。そのため、ベーさんを日本でデビューさせたヴォイス・ファクトリー蠅領愿菘貘析困気鵑紹介した京都大学名誉教授の一色信彦ドクターが、甲状軟骨形成手術を執刀することになった。一色ドクターが”歌手は求める声”が違うための執刀された手術の模様が映像でも流された。実際に声を出しながら、最も声量が豊かになるピンポイントを求めて軟骨の足場を探る手術は、非常に繊細で世界ではじめて開発された方法である。
ところが、手術の成功によって声を取り戻したのだが、その声が歌手として続かないという次の課題が見つかった。右側の横隔膜を動かす神経までも切断されていたのだった。レントゲンで見ると一目瞭然であるが、その分野は、一色ドクターの専門外。歌手というのは、サッカー選手並の肺活量と体力と、声の天からの宝物がなければなれない職業だとつくづく思った。だが、たとえ横隔膜が動かなくても、周囲の筋肉を鍛錬することによって補助できるそうだ。見えない可能性を求めて、ベーさんは、声楽家をめざしていた妻の支えを借りて、日々楽譜の勉強と発声、歌の訓練を続けている。

ベーさんは、現在ドイツのザールブリュッケンにあるザールランド州立劇場にプリモ・テノールとして在籍している。病に倒れても、今年の6月まで契約を延長してくれたので、彼の部屋がまだある。ベーさんは、韓国に帰省して音楽と出会った教会で歌いはじめた。ずっとベーさんを支え応援してきた輪嶋さんの提案により、メゾソプラノ フィオレンツァ・コッソットの舞台の後に、観客がいなくなった後で彼を見守ってきた人々を前に歌うという企画が実現した。
歌うことの原点に戻ったベーさんの賛美歌は、まだ芸術家としては舞台に立てるほど回復していないが、崇高ですらあった。復帰をかけるベーさんは、今、38歳。

この番組は、BSで2時間番組として放映されたものが、反響が大きく評判がよかったために1時間に短縮して地上波で再映された。私が観たのは、その再放送版の「プレミアム10」である。
米国選挙の動向の鍵を握るのも、いかにテレビCMにお金をかけられるか、というイメージ戦略にもよる。やはりテレビの力は大きいのだ。制作はNHKのディレクターの古市礼子さんという方だそうが、病、手術、支える家族を中心に女性らしい柔らかな感性が感じられる番組だった。この番組を観て思い出したのが、ある日本人女性ピアニストのことである。その方の半生のドキュメンタリー番組がNHKで放映されたら、音楽的実力とは関係なく人気に火がついて今でもCDの売上やチケットの売上は衰えない。彼女をモデルにしたかのような篠田節子さんの小説もあった。この番組では、”感動”をひきだすほどの力はない。というのも、歌手として致命的な病気、手術、復帰したが、舞台にたてるまでの完成度がない。つまり、物語の途中なのである。
それでは、この番組の価値が低いかと言えば、それはまた違う。安易な”感動”はないが、復帰に向けて毎日努力をしているベーさんを見ていると感じるものがある。1時間番組では歌手としての苦悩や鍛錬の映像こそ少ないが、彼の心中を察するにあまりある。かって一緒にヨーロッパで修行したライバルとも言える同じ韓国人歌手が、自分の日本デビューを飾った「イル・トロバトーレ」のマンリーコ役を歌って喝采をあび、舞台からオーケストラがひきあげ観客が去った後、わずかな人々を前に静かにミサ曲を歌うベーさんの胸中に宿った感情を想像するのは、あまりにもつらいものがある。
そして、彼を日本に招聘してリサイタルを開いたヴォイス・ファクトリーの輪嶋さんも、不思議な存在感がある方だ。プロフィールを読むと、10歳でオペラの「トスカ」に遭遇してからこどもの頃の夢は、「スカラ座の裏方」で働くことだったそうだ。その後、法学部を卒業後司法試験浪人時代に音楽事務所でバイトをして、これまでの業界とは異なるタイプの「心の声」を届ける事務所を設立した。「チケットポンテ」も手がけている会社だったのだが、一時は、ヴァイリニストの川畠成道さんも在籍していたようだ。

ベーさんの声は、世界的にも貴重な「リリコ・スピント」の声質をもっているという。まだこの物語は終わっていない。

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2008.01.28 Monday

第13回チャイコフスキー国際コンクール 入賞者ガラ・コンサートジャパンツアー

なんと、世界にはクラシック音楽のコンクールは1000以上もあるそうだ。
しかし、そのなかでも華やかで音楽ファンの注目をあびる権威あるコンクールといえば、ショパンの名を冠したポーランドの「フレデリック・ショパン国際ピアノコンクール」、ベルギーの「エリザベート王妃国際音楽コンクール」、パリで開催されるヴァイオリニストのジャック・ティボーとピアニストのマルグリット・ロンによって創立された「ロン・ティボー国際コンクール」、そして「チャイコフスキー国際コンクール」。
そのなかでもチャイコフスキー国際コンクールは、扱う楽器がピアノ、ヴァイオリン、チェロ、声楽と範囲もひろく、また旧ソ連時代に国家の威信をかけて開催されていたという点もあわせて、最も華やかなコンクールだろう。
昨年の第13回のコンクールで優勝、或いは最高位の栄冠に輝いた未来の音楽家のお披露目コンサート・ツアーが真冬の日本ではじまっている。
本コンサートの主旨は、やはりまずはご褒美!、そして舞台経験のチャンスが演奏家としての糧になることや、次のオファーへのきっかけ、プレゼンテーションみたいなものだと思う。

最初のチャロ部門のセルゲイ・アントノフ氏は、1983年、モスクワ生まれでモスクワ音楽院を卒業し、M.ロストロポーヴィチ財団のスカラシップを受けるという生粋のロシア人のチェリストである。あかるく軽やかな「ロココ風の主題による変奏曲」を弾く弓さばきは、新人とは思えない巧みなテクニック。すでに国際的なコンクールでの優勝経験もあり、最後のフィニッシュのつもりのチャイコフスキー国際コンクールの参加なのだろうか、音程も明晰で歌いまわしにも余裕すら感じられる。完成度が高いだけに、強烈な個性がないとも言えなくもないが、意外と今後の路線が予測つかないチェリストでもある。

次に登場したのが、神尾真由子さん!おそらく会場の殆どの方は彼女の演奏を最も楽しみにしていたことであろう。長い茶髪が色白の肌に映え、堂々とした体格が遠目には日本人離れして見える。またシャンパン・ゴールドのドレスが、年齢以上に彼女をおとなびた雰囲気を演出している。最初の一音から、渾身の集中力で弾き、尚且つ自分の弾きたい音づくりのこだわりが随所に感じられる。優等生的な誰もが納得する弾き方の多い日本人の演奏家の中で、個性的というよりもがんこなまでの自己主張が演奏に貫かれている。年齢のわりには土着的でべたな演奏に彼女が大阪出身であることを思い出し、コンクールを勝ち抜いた”浪花節”は会場をも制覇したといっても過言ではないだろう。
ところで、最近の神尾さんの髪の色や渋谷系のメイクを見ていると、私にははっきり性格の方だと見受けられる。あのタイプの容姿の女性は、新宿や渋谷の繁華街にはそれこそはいて捨てるほどいるのだが、クラシック業界の水にはあわないだろう。素朴な日本の少女からどんどん濃くなるメイクに比例してプロとしての実力と経験をものにしていく彼女は、「蛇にピアス」で芥川賞を受賞して文壇に踊り出た金原ひとみさんを彷彿させる。実力、おしだし、たくましさ、将来の大物候補の筆頭株である。

声楽部門のアレクサンドル・ツィムバリュク氏は、バス部門でありながら、スマートで長身の繊細なタイプのなかなかイケ面。真摯な音楽つくりが好印象。
またオレシャ・ペトロヴァさんは、ロシア出身の25歳。まだ声楽家としては若く素朴な感じなのだが、声に凛とした気品があるではないか。現在、サンクトペテルブルク・コンセルヴァトーリ(国立音楽院劇場)のソリストも務めている。

最後は、ピアノ協奏曲でしめるというプログラム構成は、この鍵盤楽器の華やかさとチャイコフスキーによる曲のロシアの大地のような豊饒さを示している。ピアニストのミロスラフ・クルティシェフ氏は、唯一10代半ばかと錯覚してしまうような雰囲気があるが、すでに成人しているし、しかもユーリ・テミルカーノフ、ウラディーミル・アシュケナージ、ワレリー・ゲルギエフ、ユーリ・バシュメットといった世界的な指揮者との共演経験もあるそうだ。華奢な体躯にも関わらず、重く暗い音から、軽やかな初夏の光を思わせる第二楽章の展開、アンコール曲もふくめて、その深い音楽つくりには、ロシアの音楽教育の伝統と健在ぶりが感じられる。
全体を通しての印象だが、チャイコフスキー国際コンクールの優勝者は、いずれもすでに大きなコンクールでの優勝経験をもち、プロの演奏家としてキャリアをすでにスタートしている人ばかりである。以前のように、知名度があまりない大型新人が彗星のように出現するような新鮮味はなくなってきているのではないだろうか。ある意味では、出来レースに近い。国家の威信をかけ、東西冷戦下の第一回のコンクールで米国人のピアニストが優勝した時は、歴史に残る事件にもなっていたのだが、日本のトヨタが開催費用(約7億8千万円)のうち3分の1を負担していることもあわせて、チャイコフスキー国際コンクールも曲がり角にきているのではないだろうか。

−−−−−−−08/1/28 サントリーホール −−−−−−−−−−−−−
■出演者
神尾真由子(ヴァイオリン部門1位)、セルゲイ・アントノフ(チェロ部門1位)、
アレクサンドル・ツィムバリュク(声楽男声部門1位)、オレシャ・ペトロヴァ(声楽女声部門2位)、
ミロスラフ・クルティシェフ(ピアノ部門1位なし2位)

指揮:ユーリ・トカチェンコ
オーケストラ:チャイコフスキー記念財団 ロシア交響楽団

■曲目
チャイコフスキー/ロココ風の主題による変奏曲 イ変調 作品33
Tchaikovsky Variations for Cello and Orchestra on a Rococo theme Op.33
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
Tchaikovsky Concerto for Violin and Orchestra in D major, Op35
ヴェルディー/ 歌劇『エルナーニ』よりドン・シルヴァのアリア「私は不幸な男だ」
Verdi Opera”Ernani” Aria of Don Silva “Infelice..!E tuo credevi”
チャイコフスキー/歌劇『マゼッパ』より「これが密告に対する褒美だ」
Tchaikovsky Opera”Mazeppa”Arioso of Kochubey”Tak vot nagrada za donos”
チャイコフスキー/歌劇『オルレアンの少女』よりジャンヌのアリア「森よさようなら」
Tchaikovsky Opera”Maid of Orlean” Aria of Joan “Da Chas Nastal”
チレア/歌劇『アドリアーナ・ルクヴルール』よりブイヨン公妃のアリア「苦い喜び、甘い苦しみ」
Ciela Opera”Adriana Lecouvreur” Aria of La princesse de Bouillon  “Acreba volutta, dolce tortua”
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23
Tchaikovsky Concerto for Piano and Orchestra No.1 in B flat minor, Op.23
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2008.01.26 Saturday

「コンサートマスターは語る 安永徹」

先日逝去された江藤俊哉氏の門下生のひとりに、ベルリン・フィルでコンサート・マスターを長年つとめている日本人がいる。
現代の音楽シーンにおいて、特別なウィーン・フィルを除けば、名門オケのいたるところに日本人の顔が見える。女性だっている。けれども、安永徹さんが、今から25年前の1983年に、ベルリン・フィルのコンサートマスター(しかも第1)に就任したことは、それ自体ひとつの事件として受け取られていたそうだ。
当時の自分がコンサートマスターになったことより、外国人をコンサートマスターに選んだ方がすごい、という安永さんのコメントを読むと、名門の敷居の高さとそれゆえに実力主義で質の維持をはかる誇り、また安永さんの音楽への気負いのない自信がうかがえる。
先日、部屋の整理をしていてひょっこり出てきた「音楽の友」の1992年1月号に、「コンサートマスターは語る 安永徹」という懐かしい記事が掲載されていた。(ただし、過去記事をほりおこして構成している。)

カラヤン時代に求められたコンサートマスターについて。

「カラヤンが指揮をする時に、コンサートマスターを勤めるのは本当にものすごく大変。彼が求めているのは、とても大きい」

やはりコンマスとしては第1ヴァイオリンが乱れないことに気をつかうが、カラヤンにとって、音楽的にあっているのは当然。指揮者はあわせる必要がない。そうではなくて、音楽をつくるべきなのだから。だからカラヤンが振る時は、たくさん準備して、最初に棒をふる時から全てを理解していないと気持ちが落ち着かなかったそうだ。言葉で翻訳するのでも、頭で理解するのでもだめ、身につき習慣化するまでやらなければいけない、習慣化させれば、どういう表現でも必ずうまくいくことを知っていたカラヤンは、自分の求めている音楽を表現していく。しかも手で。

しかし、これにはお互いに相当な努力を強いられる。カラヤンの忍耐力はものすごいそうだ。オケを自発的に弾かせながら、自分のほんの小さな指先に団員の集中力と音楽的な緊張感を集めて、音楽をやわらかくする。

「小さな指の動きを見つめることは、たいへんな神経の集中が要る。この集中から生まれる音楽的な解放感が、聴いている人にとっては非常な快感だということをカラヤンは体で知っていた」

カラヤンの音楽には、これまで聴衆の期待を計算しつくされた合理性を感じていたのだが、むしろ頭脳プレイではなく「からだで」というところに、ベルリン・フィルの魅力があったのかもしれない。このような高いレベルの職人芸にこたえることができたのも、彼が常任指揮者だったからこそである。安永さんも、客演指揮者の場合は、自分が求める音楽をどこまで要求できるか、という時間的制約がどうしてもあると語っている。

さて、偉大なるカラヤンの後任は、いわずと知れた大統領選挙なみの激戦を勝ち抜いたアバド。クラウディオ・アバドとベルリンフィルのコンビは、圧倒されるような派手なアピールは足りないかもしれないとのことだったが、本当にアバドの音楽は安永氏の”派手”という単語を引用させていただければ、確かに”地味”になる。でも、音楽のしみじみとした味わい、華やかでも瞬間花火のように消えるのも早い音楽とは違った、長く心に残る音楽があったと思う。アバドの就任時、ここ10年はレパートリーの繰り返しでトレーニング不足を懸念していた安永氏の期待にこたえるかのようにレパートリーの幅を広げている途上で病によって任期満了とともに退任した。
現在のベルリン・フィルは、アバドの後任のサイモン・ラトルの手腕によって、映画音楽の録音、ドキュメンタリー映画制作、新境地を開いたかのようにみえるのだが。。。
ベルリン・フィルとともに生きてきた安永氏の率直な言葉による音楽も聞いてみたい気持ちがする。
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2008.01.22 Tuesday

ヴァイオリン界の重鎮去る

【江藤俊哉氏死去=戦後日本を代表するバイオリニスト】
日本人音楽家として戦後初めて国際舞台で活躍し、音楽教育にも尽くしたバイオリニストの江藤俊哉(えとう・としや)氏が22日午前6時36分、死去した。80歳だった。東京都出身。葬儀は近親者で行う。
4歳でバイオリンを始め、12歳で第8回音楽コンクール優勝・文部大臣賞、さらにNHK交響楽団と共演するなど天才ぶりを発揮。東京音楽学校(現東京芸大)卒業後、戦後初の音楽留学生として渡米し、エフレム・ジンバリストに師事した。1951年にはカーネギーホールでリサイタルを開くなど、米国を中心に演奏活動を行った。
61年に帰国、スケールの大きさと包容力を感じさせる演奏で人気を博す一方、後進の育成にも情熱を傾け、堀米ゆず子や千住真理子らを育てた。また、自らタクトも振り、オーケストラとアンサンブルにも深い理解を示した。(2008/01/22時事通信社 )
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私は訃報に関するブログをめったに書かないのだが、江藤俊哉氏は特別。
各紙の報道を読んでいて、初めて知ったのだが、江藤さんは例の「違いがわかる男」としてコーヒーのCMに出演されていたそうだ。享年80歳ということから、随分前のことなのだろう。スポーツ新聞の見出しになると【「違いのわかる男」江藤俊哉氏死去】になるらしい。世間一般の認識レベルというのは、こんなものだろう。天才ヴァイオリニストとしてデビューした時の音を知っている者は、もうあまりいない。
しかし、後年ご自身はステージで華やかなライトをあびることはなかったが、演奏活動で活躍されている多くのヴァイオリニストを育てた。日本の音楽教育、特にヴァイオリン教育に関しては、この方の名前は大きい。
江藤氏は、戦後、ヴァイオリン教育に力をそそぎ、掘米ゆず子さんがエリザベート国際コンクールで優勝した時は、海外の留学の経験がなくとも自前で世界に通用する音楽家を育てられるという意味でも、当時は彼女の受賞は画期的であり、朗報を祝ったと聞く。
掘米さんだけでなく、国際的なコンクールで賞をとった門下生は、加藤 知子さん、諏訪内晶子さん、戸田弥生さん、清水直子さん(現在はVa)、それにベルリンフィルでコンサートマスターとして重責を担う安永徹さん、新日本フィルのコンサートマスター・豊島 泰嗣さん、東京都響の矢部 達哉さん、近頃帽子を被って路線変更をされたような古澤巌さん、川本 嘉子さん(Va)、川畠 成道さん・・・国内外で活躍されているヴァイオリニストは、推挙にいとまない。桐朋音大の卒業生を含めて、江藤氏に師事した方はとんでもない数にのぼるだろう。
戦後、日本経済の発展と音楽教育にかける親の熱意と良い楽器という音楽家の育成の条件も整備されたが、やはりヴァイオリン族の発展の最大の功績者のひとりは江藤俊哉さんだろう。
逆に言えば、ジュリアード音楽院のドレシー・デュレイ氏のように名教師で力のある教師には、それだけ優秀な生徒が集まるということか。
若手の庄司さやかさんや神尾真由子さんが原田幸一郎氏に師事していることから、ひとつの時代が終わったともいえる。
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2008.01.14 Monday

コルソ・ウィーン 〜華やかなるモーツァルトとシュトラウス〜  

コルソ所謂カイシャにオツトメなるものをするようになった時の、私の密やかなる野望?は、定年退職もしくはやめてやるぅうう〜と退職したら退職金(・・・いくらもらえるのだーっ?)で、ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートに行くことだった。「おこた」でのだめのように丸くなり、にぎやかで繊細さに欠ける家族たちと蜜柑を齧りながら、NHKテレビの恒例の衛星中継の、テレビに映り込んだ着物をお召しになったおばさまたちのだるまのような体型を眺めながら、乙女は毎年誓った。
「絶対にウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートに行くぞーっ!!」
あの頃、、、チケット代はJTB価格で16万円だったような気がする。そもそも、定期会員でもないフリーの観光客が晴れのニュー・イヤー・コンサートにもぐりこもうという事が土台無理な話なので、法外なチケット代も致し方がないと思っていたのだが、その後とんでもなく値上がりをしてしまい、ばかばかしくなってしまった。だったら、ジルベスター・コンサートにしよう!と切り替えたのだが、それもとんでもない金額なのさ・・・。
かくして、乙女の老後の唯一の夢は打ち砕かれた。

ウィーン・フィルハーモニーは、特殊な団体で、ご存知のとおりウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーからなる(つい最近までは世界唯一)「自主運営団体」である。今年は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が協会を組織して100周年という記念すべき年である。コルソ・ウィーンは、そのウィーン・フィルが公認団体として認め、ウィーン・フィルやウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーを中心にウィーンで活躍している音楽家23名が集結した室内オーケストラである。

前半は、オール・モーツァルト・プログラムで華やかであかるい曲が続く。最初のセレナーデは、11人構成。丁寧な音づくりながらも、格別宣伝文句にあるウィーンの馥郁たる香りはしない。ドイツではない、ウィーンなんだから、と、どうせだったら正調でいくよりも、もう少し洒脱な遊び心があってもよいかも、というのはウィーンという名前に対する過剰な期待だろうか。ホルン協奏曲の演奏者は、若い青年だった。経験を積むともっとのびやかな音がでると、今後の成長を期待したい、というところだろうか。

後半のシュトラウス、これはさすがにウィーン独特のリズムである。金色の天上もない、舞台に赤い花も飾られていない。だって、ここは新宿だから・・・、けれども、ウィーンの音にはかわりはない、と思う。(涙)次々と音がのってくる。コンサート・マスターのヴァイオリン独奏が、ポルタメントを多用した甘い調べにのって、ホールのすみずみまで優雅につややかに響く。指揮も演奏も芸達者ぶりを少しずつ発揮して、聴いているうちにいつのまにか笑顔になっている。
最高に楽しかったのは、アンコールで披露された「レンツ・サーカスの思い出」である。小さめの打楽器シロフォンの超絶技巧の演奏は、まさに見せる、聴かせる、魅せる演奏と音楽だった。遠目では、そのすばやい腕の運動が、くるみ割人形を連想させた。
最後のラデツキー行進曲は、指揮者が舞台袖に帰りかけた頃に、オーケストラが戻すかのように音楽をはじめるというチャーミングな演出ぶり。ニュー・イヤー・コンサート恒例のこの曲に寄せる観客の拍手のタイミングの息がぴったりあっているところをみると、みなさんよくご存知と同好の士を感じる。そういえば、ヴィオラ奏者に日本人と思われる女性がいましたね。

このような曲の構成、演奏会を考えると、所詮本場ニュー・イヤー・コンサートのアジア圏のミニュチュア版かとさみしい気持ちにもなりかけるが、新年のすがすがしい気持ちにふさわしい演奏会だったことでよしとしよう。とにかく楽しかった。嗚呼、ウィーンのニュー・イヤー・コンサートに一度はやっぱり行きたいっ!!


−−−−−08/1/14 コルソ・ウィーン〜華やかなるモーツァルトとシュトラウス〜  オペラ・シティ−−−−−−−

指揮:アルフォンス・エガー
演奏:コルソ・ウィーン

一部(モーツァルトの部)
セレナード第6番ニ長調K.239「セレナータ・ノットゥルナ」
ホルン協奏曲第4番変ホ長調K.495
セレナード第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」

第二部(シュトラウスの部)
モーツァルト党op.196
エルンストの思い出、またはヴェネツィアのカーニバルop.126
ヴェルサイユのギャロットop.107
パリの女op.238
皇帝円舞曲op.437
とんぼop.204
トリッチ・トラッチ・ポルカop.214

■アンコール
レンツ・サーカスの思い出
美しく青きドナウ
レンツ・サーカスの思い出(←アンコールのアンコール)
ラデツキー行進曲

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2007.12.17 Monday

チェコ・フィル合奏団のクリスマス

ちぇこ巷のクリスマスのイルミネーションを楽しむ気持ちの余裕もなく、あわただしく落ちた枯葉とともに過ぎて行く日々。。。
年末だーーーっ。ベートーベンの「第九交響曲」はCDでひとり静かにひたることにして、今年はいざ室内楽へ。
オペラシティには、恒例の大きなクリスマス・ツリーが飾られ、ベートーベンの「ロマンス」がここぞとばかりに何度もくりかえされて流れる。12:30と16:00開演と2公演、効率よくはるばるとニッポンに出稼ぎにやってきたチェコ・フィル合奏団。プラハは中世に戻ったかのような珠玉のような街だったが、中心地をはずれるとまだまだ物資が乏しく貧しかった。のぞいた楽器屋さんも品揃えが悪く、オリーヴの弦などまずない。
そんな事情や使用楽器を考えると、旧共産圏の合奏団は気楽にお楽しみ的プログラムを聴ければよいぐらいの気持ちだったのだが、予想外と言っては失礼だが、音楽的水準も高く、音が大変美しかった。


ソロヴァイオリンのソロを弾いたイージー・ポスピーハル氏は、1976年生まれ。現在、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のアシスタント・コンサートマスターとして活躍している逸材だ。彼の奏でる音は、まるで透明な冬の色のように澄んでいて、繊細で美しい。特に名曲中の名曲、マスネの「タイスの瞑想曲」では、彼の清らかな音質のもち味がこの曲の抒情性とあいまって、数えきれないくらい聴いてきた曲なのに思わずひきこまれる。それでいて「ユモレスク」のような曲では、歌心たっぷりにエンターティメント性を発揮していた。ツィゴイネルワイゼンは、好みを言えば、もっと暗くて重い情熱が欲しいところだが、彼の年齢に近い若々しさと素直で、それもよいかもしれない。
どの一音をとっても音程がツボにはまっていて曇りがなく、完成されていてよく響いている。つい使用楽器が気になってしまった。
先日の礒絵里子さんのリサイタルの、技術的には申し分ないのだが、楽譜のとおりに音符をなぞるような彼女の演奏に、なにかが欠けているというもどかしさを思い出した。結論から言うと、演奏者、音楽家としての人間性がみえなかった。イージー・ポスピーハル氏の音には、彼の音楽の解釈、この曲はこう弾きたいという音楽性が伝わってくる。アンコール曲のヴィヴァルティの”夏”に聴くロック・ティストなどは、その出色であろう。率直な感想を言ってしまえば、経済大国の日本人としてだけでなく諸々のバックグランドに恵まれて、順調に音楽活動を重ねても、ただそれだけ。。。

ソプラノのバルボラ・ポラーシコヴァー さんは、来年30歳。ようやく歌手としてスタートラインに立った年齢だ。チェコの期待の新星というところだろうか。上手だが、やはりまだ声もかたく、これから舞台経験を積んで観客をひきよせる歌手になっていくのを待ちたい。


フリ全体的によく音楽を練った合奏団で、チームワークのよいことを感じられた。オーケストラの曲を合奏団として弾くにあたり、いかにその曲の核心を少ない楽器とメンバーで表現するか、充分研究されていた印象があり、感心した。どうも、この合奏団は単なる出稼ぎ集団だけでなく、季節労働者にも見受けられる。毎年、クリスマス・シーズンになると聴きに来るリピーターになりそうだ。クリスマスだからクラシックの雰囲気を楽しみたいだけの方たちに独占させてはもったいない。これでチケット代5000円は安い。
チェコは、ドヴォルザークやスメタナを生んだ国でもあった。そして、旧ソ連の大国に支配された国の歴史も考えさせられた時間だった。


−−−−−−−−07/12/16 東京オペラシティ −−−−−−−−−−−−−−−−−

チェコ・フィル合奏団
ヴァイオリン:イージー・ポスピーハル(チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)
ソプラノ:バルボラ・ポラーシコヴァー

【プログラム】
第1部
ドヴォルザーク 「わが母の教えたましい歌」「家路」「ユモレスク」
シューベルト   「野ばら」
スメタナ      交響詩「モルダウ」
マスネ       「タイスの瞑想曲」
ラフマニノフ    「ヴォカリーズ」
モーツアルト   「夜の女王のアリア」
ヴィヴァルディ  ヴァイオリン協奏曲「四季」より「冬」
第2部
サン=サース   「序奏とロンド・カプリッチョーソ」
ドニゼッティ    歌劇「シャモニーのリンダ」
J.S.バッハ     「G線上のアリア」
ドヴォルザーク  歌劇「ルサルカ」
ホルスト      組曲「惑星」より「木星」
シューベルト   「アヴェ・マリア」
サラサーテ    「ツィゴネルワイゼン」

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2007.12.05 Wednesday

プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》

パ【3大テノール】故パバロッティ氏に約1100万ユーロ(約3000000000円)の負債イタリアのレプブリカ紙は20日付で、9月に71歳で死去した世界3大テノールの1人、パバロッティ氏が約1800万ユーロ(約30億円)の個人負債を残していると報じた。故人の銀行口座には1100万ユーロの負債があり、このほかに未払いのローンが700万ユーロ残っているという。故人の2番目の妻モントバニさんの弁護士は、晩年に病気の入院費がかさみ、多くの公演が中止されたこともあって、故人が負債を抱えていることは誰もが知っていたと述べた。 (ヤフー・ニュース)

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パさすがにパバロッティ・・・残した負債も大きかった!?

パバロッティという最も大きく耀く星が消えて、確かに世界中のオペラはなんだか小さくなってしまった。1977年、ルチアーノ・パヴァロッティが当時のメトロポリタン随一のプリマドンナ、レナータ・スコットと共演したプッチーニの「ラ・ボエーム」は、テレビで生放映された時のDVDである。その公演のテレビ放映は大ヒットして、オペラの視聴率としては過去最高だった。当時41歳のパバロッティは充分なキャリアを積みはじめ、健康ですべての人を魅了する声をもっていた。

他の作業をしながらDVDをつけていたのだが、聴こえてくる輝かしいパバロッティの声に、気がつけば手はとまり、映像にかじりつくようにヴェルティを聴いていた。貧しい詩人という設定でありえない肥えた体は、おせじにも演技がうまいとは言えない。第一、動作が鈍い。なんたって、通常は屋根裏をイメージするために部屋の脇についている階段が、パバロッティが踏み外して怪我をするおそれがあるためついていないのだ。ミミへの愛を訴えても、恋人へのいとおしさは伝わってこない。けれども誰もが、このオペラの主役がパバロッティにあることは納得がいくだろう。

有名なアリアの「なんと冷たい小さな手」で堪能する“キング・オブ・ハイC”の声は、燦燦と耀くとびきり大きなダイヤモンドだ。3大テノールの祭典をテレビで観た時の印象は、ホセ・カレーラスの歌は端正だが、よくまとまっている小粒さを感じさせ、甘いマスクのプラシド・ドミンゴは技巧的に人の心を自分にひきつけるものが感じられた。なんと、うまいのだろう。テノールという男声の声の魅力とオーラーが、華やかな祭典にふさわしい。しかし、中央のコニシキかと間違えてしまいそうな体格のパバロッティは、彼らとは違う。とにかく声が素晴らしい。

この公演に出演した頃、パバロッティはメトロポリタンはプラシド・ドミンゴの方が重要視されていると感じていた。音楽監督のジェームス・レバインは、パバロッティの得意とするベルカント・オペラにはあまり興味を示さなかった。彼が好んだのは、ベルクの「ルル」のような無調のオペラで、努力家でおぼえの早いドミンゴの方を信頼していたのは確かだろう。同年、メトが新演出によるヴェルティの「リゴレット」の初日を、いろいろな意味でパバロッティにぴったりの気ままな女たらしのマントヴァ侯爵役を依頼しておきながら、結局実際歌ったのはドミンゴだった。

その後、テレビで「ラ・ボエーム」が放映されるや、パバロッティの人気はさらに上昇した。テレビ放映の数日後、同じメトで行われた公演を観客としてふたりが連れ立って聴きに行った時、最初に入場したドミンゴに気がついた人々は拍手を送った。彼よりも30秒後に入場したパバロッティには、割れんばかりの拍手がまきおこった。ドミンゴにとっては、残酷な場面だったろう。しかし、パバロッティ、彼ほど愛されたテノール歌手はいない。20世紀最高のテノール歌手だった。
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プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》

ミミ…レナータ・スコット(ソプラノ)/ムゼッタ…マラリン・ニスカ(ソプラノ)/ロドルフォ…ルチアーノ・パヴァロッティ(テノール)/マルチェルロ…イングヴァル・ヴィクセル(バリトン)/ショナール…アラン・モンク(バリトン)/コルリーネ…ポール・プリシュカ(バス)/他

メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団、指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:ファブリツィオ・メラーノ
制作:1977年3月 メトロポリタン歌劇場におけるライヴ収録

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2007.11.27 Tuesday

ベルギー・コレクション

nann何かにこだわる、そんなつもりはないのだが、ヴァイオリンがこの世になかったら、多分私はそれほどクラシック音楽を聴くことはなかっただろう。
先日のタイヤが転がる以上に転がったミシュラン狂想曲。「タイムズ」では”Tokyo, the neon-clad home of the pickled sea-slug and horseradish chocolate, has eclipsed Paris, London and New York to become, officially, the most delicious city on earth. ”なんちゃって言ってるが、東京が豊食の街であるのは、東京人だったらもう実感しているだろう。(まっ・・・寂しいことに、舌で実感できる機会は少ないのだが)音楽だって、と力説したい。毎日、海外の一流オケ、演奏家が東京をめざしてやってくる、、、のだが、レパートリーはロシア料理並にバリエーションが貧しくないか。そんな舌のこえた?私の欲求不満を解消してくれるかのようなベルギー・コレクション。デビュー10年たった礒絵里子さんによるヴュータン、イザイ、ルクーのオール・ベルギー・プログラムである。

礒さんは桐朋音楽大学を卒業後、ブリュッセル王立音楽院で研鑚を積み、5年間ベルギーに滞在していた経験によって選ばれた魅惑的な曲ばかりが並ぶ。
イザイは、無伴奏ヴァイオリン・ソナタという難曲で有名だが、今夜の2曲とも実に渋い音楽性をもつ。まるで会場の東京文化会館小ホールのハコにぴったりそうかのように、コンパクトだが、音(性能)が素晴らしく、尚且ついぶし銀のような耀きをもつモダンで個性的な曲である。
さて、今夜のヒロインである礒さんを初めて拝見したのだが、ヴァイオリンをもつ姿勢と弓のもち方が綺麗である。ヴァイオリニストなのだから当然と思われる方もいらっしゃるだろうが、世界のトップランナーでも、楽器のもち方にも個性やその人の癖がでる方もいる。諏訪内晶子さんをはじめ、江藤俊哉氏の門下生は、その点でいつも本当に整っていると感じる。
女性として気になる衣装は、黒いドレスに、帯をしめたプログラムと同じ衣装。ベルギー音楽のイメージにぴったりの織柄の入った黒いドレスに、帯を変わった締め方をして和風のテイストをミックスして彼女の妖艶な雰囲気をミックスさせて、まるで日本の創作料理のような衣装にも感心する。
最初のヴュータンの「失望」は、ピアノの分散和音からはじまり、哀調をおびてヴァイオリンの音が重なり、悩みや胸の鼓動を感じさせるようなドラマ性をおびて、最後にふっとかき消えるかのように虚しく幕を閉じる。女性らしい感性で、曲想の雰囲気がでていた。続いて、アンコール・ピースで使えそうなイザイ、ヴュータンの曲が演奏される。礒さんの演奏は、プロフィールにあるような”ヨーロッパ仕込みの洗練された感性””気負いのないしなやかな活動ぶり”と、女性雑誌好みの音楽性である。
技術も高くて安定している。けれども、なにかがものたりない。ミシュランの格付け話から行き過ぎたグルメは、平凡な料理に満足できずむしろ不幸、と言い放った自分を思い出す。彼女に、これ以上を望むのは贅沢か。
前半、最後のヴュータンの「アメリカの思い出」は、私のとってもとってもお気に入りの曲である。この1曲を聴きたいがために、会場に足を運んだのだ。ヴュータンの曲の特徴は、最初の出だしが重くドラマチックで華麗という点があげられるが、この曲も重音の半音階ではじまり何事が始まるのかと思わせながら、突然あのおなじみの「アルプス1万尺」の軽快な音楽にぬける、というヴュータンらしさの期待にこたえつつ、途中でよい意味で裏切られる。BD線を同時に押さえて重音をだし、即座に次はBA線に指を移して重音、という指が太くない人はかなり苦しい超絶技巧まで要求される。イツァーク・パールマンの名演奏と比較しては失礼を承知のうえで率直にひとこと、技術的には申し分ないのだがエンターティメント性に欠けていると思われる。小曲からはじまり、少しずつボリュームアップして前半最後の最も技巧的に華やかな曲をもってきたプログラムの構成がセンスがよく、”そして確かな技量”(←プロフィールより)をもっているだけに、惜しい。ピアニストの岡田将氏が、楽しそうにピアノを弾いていて彼に負けていると、ついわがままを言ってしまう。

後半のルクーのソナタは、評論家の柴田克彦氏に言葉にある「夢幻的で水も滴る美品」のとおりの大変美しく、わずか24歳で夭逝したルクーらしくまるで夢をみるような淡いはかなさが宿っている曲である。この曲は、礒さんの感性にもっともあっているのだろうか、最初から最後まで音楽の響きに包まれてベルギーを味わった。
オフ・ホワイトのドレスが華奢で小顔な礒さんの清楚な部分もひきだして、とてもよく似合っていて素敵だった。なにはともあれ、ベルギー料理はいける。。。



−−−−−− 07/11/27 東京文化会館小ホール −−−−−−−−−−−−−−
磯 絵里子(Vn)  岡田 将(Pf)
オール・ベルギープログラム
ヴュータン:H. Vieuxtemps: 失望 作品7-2
Désespoir Op.7-2
イザイ:E. Ysaÿe: 遠い過去 作品11-3
3 Mazurkas Op.11, No.3 "Lointain Passe"
イザイ:E. Ysaÿe: 悲劇的な詩 作品12
Poème èlègiaque Op.12
ヴュータン:H. Vieuxtemps: ラメント 作品48-18
Lamento Op.48-18
ヴュータン:H. Vieuxtemps: ロンディーノ 作品32-2
Rondino Op.32-2
ヴュータン:H. Vieuxtemps: アメリカの思い出 作品17
Souvenir d'Amerique Op.17
ルクー:G. Lekeu: ヴァイオリン・ソナタ ト長調
Sonate pour violin et piano
■アンコール イザイ 子供の夢 作品14
デビュー10周年「新しい一歩を」 バイオリン・礒絵里子

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バイオリニストの礒(いそ)絵里子が27日、東京・上野の東京文化会館でデビュー10周年のリサイタルを開く。演奏するのはビュータンやイザイら、留学していたベルギーの作曲家の曲ばかり。「ドイツやフランス、さまざまな周辺文化の空気を映す多彩な表現に、先入観なく耳を傾けて」と語る。
桐朋学園大を卒業後、ブリュッセルに留学した。無伴奏ソナタで知られるイザイの小品の詩的な表現に目を開かれ「思わぬ宝物を見つけた気がした」。
メーンに演奏するのはルクーのソナタ。フランクの弟子で若くして才能を発揮したが、腸チフスのため24歳で亡くなる。「若々しい実験精神が魅力。この曲と一緒に、演奏家として、新しい一歩を踏み出したい」
ピアノは岡田将。11月22日朝日新聞より


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